空

最悪の悪の空のレビュー・感想・評価

最悪の悪(2023年製作のドラマ)
4.9
アウトレイジ俳優中野英雄さんが「久しぶりに痺れた。日本もこんなの作らなきゃ」とxで投稿してた通り、私も久しぶりに痺れまくったドラマだった。
特に、あの結末に向けて全てが集約していくラスト2話の追い込みと、人によって解釈の異なる余韻のあるラストには、痺れを通り越してズシンとくる余韻がすごい。しばらく動けなかった。

最初は全く期待してなかった。
ノワールにしては演じる俳優が若くて、若いイケメン俳優のブロマンス+ロマンス+アクションでしょと、普段ノワールを見ない韓ドラファン向けのチープな内容を想像してたけど、「人の内面を投影して強調する」という、ちゃんと本格骨太ノワールだった。しかも連続ドラマでは珍しい画面がシネスコでこれはもう12時間のフィルム・ノワール。

皆さんのレビューにある通り潜入捜査モノとして一貫して途切れない緊張感とスピード感ある展開は言うまでもなく、特に優れていたのがキャラクターの内面描写で、
作品全体を通じてスンホ、キチョル、ウィジョン、主要3人の感情が揺れ動き、変化して、でも確信までには至らない余白みたいな感情が常にあって、この感情の余白が作品にグッと深みを増してたと思う。
信頼と疑いという絶妙なバランスで成り立っているスンホとキチョルの関係性も、取って付けたようなベタなブロマンスじゃなかったのもいい。

1回目見終わって余韻が凄くて2周目してしまうほどだったけど、一周目はよくわからなかったファン・ミングの存在意義。
最初はノワールにはこういう引っ掻き回す暴力刑事キャラ必要だよね、くらいにしか思ってなかったけど、あの刑事の登場によってジュンモが一線を超え戻れなくなるあの結末に向かって、より拍車がかかったような気がした。
と同時に、ミングがとことん悪なので「取引から手を引いてウィジョンと結婚したい」というキチョルがむしろ善人に見えてくるという、唯一嫌いなキャラだったけどちゃんと意味があったんだなぁと。

ノスタルジックななかにも韓国らしいビビットなメリハリある映像、冒頭のワンカットのアクションなどアクションシーンへの工夫や拘り、
90年代の江南の裏路地、エレベーターの壁の中国映画のポスター、蓮の花のカーテンと鯉のいる水槽などの美術、弦楽器の重厚な音楽。
どれをとっても最近ウェブトゥーン原作にありがち”ノワールぽい”ドラマとは確実に違った。

当然ながら俳優さんたちの演技は素晴らしかったし、韓国の俳優さんは基本的にみんな演技上手いけど、このチ・チャンウクは頭ひとつ抜きん出てると思う。
アジアの貴公子と呼ばれるあの美しい顔でここまでノワールの世界観にハマる俳優他に思いつかない。

−0.1はキチョルの人物描写が物足りなかったとこ。
組は地元仲間の延長でシマは暴力と金で買収、「信じてる」という言葉を多用するわりに側近は信じず、下っ端の舎弟のこともわかってない。あげく初恋拗らせ描写はそこそこあるので、若くして闇組織のトップに上り詰めた凄みとかカリスマ性がいまいち伝わってこなかった。


ノワールってやっぱりいい。
善と悪、白と黒とも割り切れないこの世の中で、何が善で何が悪か提示せず、ただひたすらにがむしゃらに生きる男たちの選択。
悪人になりきれない悪や、優しさが時に残酷だったり、真っ白な雪に飛び散る真っ赤な血、闇に生きる人間にとって澄み渡る青い空はむしろ悲しかったり、、胸をえぐるような内面描写と混沌とした矛盾の美しさ。

日本の刑法は遺伝子決定論は採用していないけど、人は生まれながらに運命は決定してるんじゃないかと思ってしまう。どんなにあがいても無意味、抜け出せないんじゃないかって。ジュンモがファン・ミングに言った「お前が刑事になれたのは運が良かっただけだ」というセリフが刺さる。
それでも運命に抗おうと必死で生きるノワールの男たちに、どうしようもなく惹かれる😆
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