田島史也

VORTEX ヴォルテックスの田島史也のレビュー・感想・評価

VORTEX ヴォルテックス(2021年製作の映画)
3.7
人生の讃歌。

妻は認知症、夫は心臓病。観客はそんな老夫婦の人生の暮れに立ち会い、彼らの暮らしを見守る。

まず、家の美術を担当した方に賛辞を送りたい。なんだろう、この圧倒的なまでの祖父母宅感は。この特有の空気感は、全世界共通なのだなと気付かされると同時に、この万人の祖父母宅を作り上げた美術の仕事に驚かされた。

そして老夫婦の空気感。息子との掛け合い。自分の尊厳を守るために、息子の説得に対して否定ばかりする感じ。特に老人ホームへの入居を巡る言い争いのシーンは圧巻。あの老人にとって家を離れることは人生を手放すことに等しいものだった。ただ、やはり1番は、人生の終わりに、大きな変化は受け入れ難いということなのだろう。波風立たせず、静かに終わりを迎えたい。言い訳ばかり並べて直接は語らないが、そんな思惑が張り詰めた空気を震わし、切実に伝わってきた。あまりにも生々しく、その世界に直接触れているかのよう。贅沢にロングテイクを用い、残された短い時間を、静かに暮れていく時間を、優しく包み込んだ。劇場内の空気の振動すら、作品の世界を包み込む時間の証左であるかのようだった。

「家に住むのは生きている人だけ」ですか。すごく苦しいことを言いますね。渦(VORTEX)の過ぎ去った家は、少し寂しげで、あらゆる家財が意味を失い、そしていつかは空になる。家は人を生かす存在だが、人に生かされる存在でもあったのだ。住む人が居なくなった家は、もはや生きられない。家に住むのは生きている人だけ。

人の死をそれに接して描いてもそれは単なる主観的な一過性の物語に留まるが、家の終わりと共に描くことで、世界のうちから物質的に生が失われたことを示した。そしてそれは都市空間の些細な変化として多くの場合は見逃されてしまう。このように、家に注目したことで、この出来事が全ての人間に訪れるものであり、今日も世界のどこかで起きているのだということを暗に示した。老夫婦の物語の末尾に、家の終わりを添えたギャスパー・ノエの意匠に只只感服である。


映像0.8,音声0.7,ストーリー0.8,俳優0.9,その他0.5
田島史也

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