むらむら

ブライアン・ウィルソン/約束の旅路のむらむらのレビュー・感想・評価

5.0
作曲家であるプロデューサーのブライアン・ウィルソンのこれまでを振り返るインタビュー集。

(今回の感想、くっそ長いので超ヒマな方のみお読みください……)

ブライアン・ウィルソンは弟のカールやデニスと共にビーチボーイズのリーダーとして1962年にデビュー。60年代前半に数々の名曲を残すも、次第に引きこもるようになる。孤独の中で「ペット・サウンズ」や「サーフズ・アップ」に代表される内省的な素晴らしい作品を発表するものの、ついには統合失調症を発症。精神科医のユージン・ランディに薬漬けにされ、ようやく復活したのは1988年のこと。現在でも精神疾患に苦しみながらも、精力的な音楽活動を続けている。

作品では、ブライアンの紆余曲折の半生が、本人の口から語られる。

【概要】

インタビューするのはローリングストーン誌の記者であるジェイソン・ファイン。Carpool Karaokeみたく、記者が車を運転して、助手席に乗せたブライアンの思い出の場所をめぐりながらインタビューは進行。

ブライアンのファンを公言する錚々たるアーティストたちのコメントも途中に挟まれる。一部を列挙しとくと

・エルトン・ジョン
・ドン・ウォズ(ローリング・ストーンズのプロデューサーとして有名)
・ジェイコブ・ディラン(ボブ・ディランの息子)
・ジョナス・ブラザーズのニック(若手代表)
・リンダ・ペリー
・こないだ亡くなったフー・ファイターズのテイラー・ホーキンス
・「君の瞳に恋してる」の作曲でも有名なフォーシーズンズのボブ・ゴーディオ
(↑めっちゃ出番少なかった)
・ブルース・スプリングスティーン

などなど。特にブルース・スプリングスティーンは、「お前ブライアン・ウィルソン以上に語ってねーか?」ってくらい熱く語ってた。さすがはボス。

【マニアックに良かった点】

だが、この作品の魅力は、ブライアン自身の言葉で語られる過去の出来事と、絶妙なシンクロで出てくる過去映像および名曲の数々。例えば

・「グッド・バイブレーション」を分解して、「この部分は、おそらくピアノとバンジョーとハーモニカを同時に鳴らしてサウンドが作られてる」というようにドン・ウォズがマニアックに分析するシーン

・「カリフォルニア・ガールズ」の印象的なイントロは、両手を目一杯開いて、ピアノで届く範囲内でなにか作ろうと考えて出来上がったといった話(これまたドン・ウォズが語る)

・車の中では空気の抜けた風船みたいなのに、「2分で集中できる」と言ってスタジオに入ったらビシッ!と「仕事できるマン」へと変身するブライアン本人

・複雑極まりない名曲「英雄と悪漢」の再レコーディングで、「えっ、まだこんなに色んな構成あったんだっけ?」って素で驚くブライアンのお茶目な姿

ファンとしては、観ることが出来ただけでもお釣りが来る映像で、悪漢ならぬ圧巻。こんなの観ることができるなんて……素敵じゃないか……。

加えて、新録ではないものの、ビーチボーイズのオリジナルメンバーである弟のカールとデニス、アル・ジャーディンのインタビューなども収録されている。後述するが、特にデニスの話は泣かせる。

【作品中でも観られるブライアンらしさ】

数々の奇行でも有名なブライアン。この作品で語られるエピソードも強烈。

・家で友人たちと談笑してたらいきなり居なくなって、探したら冷蔵庫の中にいた。(ネコかよ……)

・室内に砂を敷き詰めて、その上にピアノ乗せて、さらにテントを張って裸足で作曲してた。

この作品の収録中にも、その変わった行動の一端が透けて見えるようなシーンがいくつかある。ちょっとネタバレだが、以下に紹介しておく。

・その1

(ドライブ中に、横を走ってる車を指差して)
ブライアン「あの車、古くていいね」
記者「アメリカ製の車ですかね」
ブライアン「ちょっと何て車か聞いてきてよ」
記者「えっ? (躊躇する)」
ブライアン「聞いてきてよ」
記者「ええっ?」
ブライアン「(車内から大声で)おーい、あんた、なんて車に乗ってんの?」
ブライアン「(耳を澄まして)キャデラックだって」

・その2

ブライアン「そろそろ腹減ったね。車停めて、なんか食べよう」
記者「何がいいですか」
ブライアン「キミは何を食べるの?」
記者「コブサラダですかね」
ブライアン「お、いいね。俺もコブサラダにしよう」

と言いながら、レストランでは、コブサラダを食べる記者の前で、なぜか大盛りのパフェを食べているブライアン……。

もう、ホント「これでこそブライアンだよねー」っていう自由気ままなお爺ちゃんっぷりで最高。こんな変な人なのに、ステージ上やレコーディング中は豹変するのも面白い。

ただ、ホント難癖みたいな意見で恐縮なのだが、俺的には、一部シーンでのブライアンに対する記者や撮影班の態度が気になった。

【お爺ちゃんイジメみたいだったシーン】

父親からは虐待を受け、カールとデニスの弟二人を早くに亡くし、いまでも精神的に不安定な70過ぎのお爺ちゃんに対して、その仕打ちはないやろ……ってシーンが幾つかあった。以下、代表的なものを列挙しとく。

・その1

ブライアン「以前一緒に仕事してたジャック・ライリー、彼はいいヤツだったな。いまどうしてんのかな♪」
記者「死んだよ」
ブライアン「えっ!?」
記者「死んだ」
ブライアン「嘘……」
記者「知り合いから聞いたからホント」
ブライアン「……(絶句)」

→いやいや、そこ気を使って言葉濁そうよ、記者は鬼かよ!

・その2

(弟であるカールが住んでた家を訪ねるシーン)

記者「近くに、カールの住んでた家があるんだよ」
ブライアン「そうなんだ。これまで行ったことないんだよね」
記者「ここだよここ。せっかくだから、寄ってかない?」
ブライアン「……(カールのことを思い出して)辛すぎて無理だよ」
記者「じゃあ俺だけ行ってくるわ」
(カールの曲をカーステで鳴らしたまま、記者は去る)

(一人残されたブライアンは、次第に目に涙を浮かべる……)

→撮影班、撮れ高を狙って、こんな隠し撮りするの、残酷すぎるやろ……。

・その3

3つ目は、俺の深読みかもしれないが……。

ブライアン「弟デニス唯一のソロアルバム、実はいままで聴いたことないんだ」
記者「えっ!? マジで? だったらいますぐ聴かせるわ!」

記者はブライアンの家で、デニスのアルバムを爆音で聴かせる。

……これ、一見、親切エピソードにも思えるのだが、ブライアンがデニスのソロを何十年も聴いてなかったのには理由があると思うんだよね。

デニスのソロは、デニスがドラッグと酒に溺れる中で制作された作品。「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」でも有名なカルト殺人鬼のチャールズ・マンソンとの共作曲もあるし、五年後に泥酔して海に飛び込んで亡くなったデニスのことを考えると、この頃のデニスを助けられなかったという負い目がブライアンにはあるんじゃないだろうか。

まぁ、ブライアンがホントにどう思っていたのかは、神のみぞ知るところなので、俺には分からないのだが、ブライアンにデニスの曲を聴かせる、ってのは……そりゃ、作品的には美味しいかもしれないけど、手放しに喜べなかったなぁ。

【最後に】

とまぁ、思うところもありつつ、なかなか貴重なインタビューを聞くことが出来たし、素晴らしい音楽とのシンクロ具合が、ホント、丁寧に作られたんだなーと思ったので、オタとしては大変、満足する出来でした。何回かスクリーン観ながら泣いちゃったし。ダメな僕だねホント。

最後に、ビーチボーイズは色んな映画で使われてるので、全く本編と関係なく、俺の好きな「映画でのビーチボーイズの使われ方」ベスト3をあげておく

ブギーナイツ/God only knows
https://youtu.be/j3wot8euXsQ
→ラスト近くの夢が破れたあと、色んなシーンのモンタージュと共にかかるのメッチャ泣ける

アメリカン・グラフィティ/All Summer Long
https://youtu.be/Hlamnxn8__w
→登場人物たちの「その後」が出てきたあと、スタッフロールでこの曲が流れる。「車の中で、キミはコーラをこぼしたことがあったね」で始まる夏の思い出の歌詞は、とてつもなくノスタルジック

あの頃ペニー・レインと/Feel Flows
https://youtu.be/PwVhUaxaFyU
→これはカールとジャック・ライリーの曲だけど、カールの甘酸っぱい歌声が青春を感じさせる

ラブ&マーシー/いろいろ
https://youtu.be/ab0XtD7nnew
→これはオマケだけど、ほぼブライアンを完コピしてるポール・ダノの演技と、過去のアングルにマニアックに寄せたプロダクションが凄い。YouTubeに比較映像があったので張ってみました。

(おしまい)

マイク・ラブ「……俺の存在って……」
むらむら

むらむら