未島夏

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスの未島夏のレビュー・感想・評価

4.2
今抱えている許せない事、許せない人。
それらの問題と向き合うための時間すらも多次元を介して飛び越えてしまう様な物語が訴求する、絶対的な『愛』。

マルチバースなんてほぼ間違いなく無いであろう世界線を生きる人間としては、物理的にも精神的にも、この映画が訴える『愛』へ辿り着くにはまだまだ時間を要するだろう。
なので、分かっていてもこの映画の主張に気持ちが追いつかない所が、実はある。
でもそれが当たり前だし、それで良い。

何度も想像して来た「存在したかもしれない自分」にならなくても…そう、今の自分からでも。
いつかは自分が思い描いた通りの『愛』に辿り着けるかもしれない。
そう思えるだけで、少なくとも見える景色は変わる。
戦闘能力が上がったり、神業のような包丁捌きが身に付かなくても、それだけで十分。
枝分かれした世界線(あるいは空想)で生きる無数の自分に背中を押され、力がみなぎる映画だ。

捨て身の状態をネガティブに指して『無敵の人』なんて呼ぶ事があるけど、この映画を観ると超ポジティブな意味で『無敵の人』になれる気がしてくる。
自分と、自分が立つ世界を愛する事が出来るマインドは、どんな開き直りよりも強く、無敵なのだから。





ここまでは極私的な感想になったので、別世界線から触れるべき部分に触れるけど、やはりこのストーリーで、このメッセージ性を、アジア系の方々を主要キャストに据えてやるのは、それだけで様々な主張を力強く包括するし、相当意義のある事だなと思う。

差別意識や偏見を飛び越えた相互理解を描くという点では、ドゥニ・ヴィルヌーヴの『メッセージ』を彷彿とさせる場面もあった。
不可能な様に思えても、目の前にある困難、目の前で対立する人と理解し合う為のキーが、この宇宙には必ず存在していて、それは言葉かもしれないし、違う何かかもしれない。
それさえ持ち寄る事が出来れば、人は互いを理解し合える…そんなアプローチ。
まさに、優しさという名の闘い方だった。

誰しもがこの闘い方を頭にインストールして、社会が抱える問題も多次元を飛び越えてパパッと解決できないものだろうか。
無論、極私的な感想で述べた様に私たちはマルチバースなんてほぼ間違いなく無いであろう世界線で生きているので、そんな事は無理だ。
でもこれも同じく、時間をかければ解決できると確信を持って思えるだけで、今は十分。
そのマインドをたくさんの人が持ち寄れば良いし、この映画を観た人はきっとそうすると、とりあえずは信じていたいものだ。
未島夏

未島夏