すずき

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスのすずきのレビュー・感想・評価

4.3
アメリカで貧乏コインランドリーを営む、中国移民のエブリン。
夫のウェイモンドを信じて故郷を出たはずが、彼は誰にでも低姿勢で頼りない。
娘のジョイは同性愛者で、それを素直に認められずギクシャクした関係が続いている。
そして今日は確定申告の日で、ムカつく税務官にたっぷりと絞られなければならない。
そんな忙しい日に、並行世界のウェイモンドが彼女の前に現れる。
彼は全ての並行世界を破壊しようとするジョブ・トゥパキの存在と、それを倒せるのはこの世界のエブリンだけである事を伝える。
かくして、全ての世界の平穏を守る為、エブリンの戦いが始まる…

近年流行のマルチバースを扱った作品。
この作品のマルチバースはただの並行世界ではなく、「自分の人生の選択の違いで、ありえたかもしれない自分の可能性」である。
その設定が非常にエモい。
主人公は「選択を失敗し続け、何にもなれなかった自分」なのが悲しく、「あの日あの時あの場所で…」と過去の選択を後悔する私たちにしっかりと刺さるはずだ。
しかし「何にもなれなかった」からこそ、「何にでもなれる」という設定は妙な説得力があった。
FF5の最終的に「すっぴん」が全てのアビリティを使える、みたいな。

この作品のマルチバース、とりわけ「バースジャンプ」の設定は少し難解である。
「バースジャンプ」とは、今の自分と並行世界の自分を「重ね合わせ」、その記憶や技能を意のままに出来る能力である。
難解なのは、ただ技能だけをインストールしているわけではなく、こちら側とあちら側の世界を同時に生きている、という事。
「バースジャンプ」により多数の世界を重ねる度に主人公は強くなるが、同時に生きる世界も増えて精神へのダメージは計り知れない。2つ以上のゲームを同時プレイしてるみたいなもんだ。

クライマックス、予告編でもあったグルグル目のシールをおでこにつけて覚醒する所も熱い!
襲いくる敵を殺すのではなく、愛によって悪を断つ、一撃必生の拳。
第3の眼のチャクラによって全てを見通し、遍く三千世界全てを救う大日如来の御姿をミシェール・ヨーに見た!
全ての世界(Everything Everywhere)のストーリーが同時(All at once)に語られ、それが収束していくクライマックスは圧巻で感涙必至!
とりあえず、マルチバースを扱った映画作品では、1番やり方が上手いと思った。

しかし、ダニエルズ監督のイマジネーションの広がりがこの傑作を生み出した事は確かなんだけど、残念ながら泥をつけているのもダニエルズ監督の作家性の発露、と感じた所も。
それは時折挟まれる、しょうもないネタの数々だ。
全く笑えんし下品だし、過去作のネタを見るに、それがダニエルズ監督の持ち味なんだろう。
例えば「バースジャンプ」には突飛な行動が必要、という設定で、敵の集団が一斉にヘンな事をするシーン。
若手劇団員達が面白い事をしようとしてダダ滑りの前衛劇を見ているような気分だ。
汚いモノを食べる・口に含む系の行動が妙に多いのも、小学生並の発想である。
彼らのユーモアセンスには共感出来ず、本編が傑作なだけに、残念過ぎる。
本作ではネタを封印しても良かったのでは?

本年度アカデミー賞最多ノミネートなのは意外。
内容に関しては文句はない(ギャグ以外)。
だがコミックやアニメでSFに慣れている私たちならともかく、保守的なアカデミー会員は内容をすぐに理解出来たのだろうか?(偏見)
アカデミー会員の嗜好は、自分の想定するより速いペースで変化しているようだ。

最後に、この映画を見る前にピクサーの「レミーのおいしいレストラン」の予習は必須、とだけ付け足しておく。