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TAR/ターのArxのレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.4
確かに本作をキャンセルカルチャーやwokeに対するリアクションとして論じる事は全然間違ってる訳ではないが、その1点で全肯定/否定に近いような感想を見るとそれだけじゃないような...と思っていたが、作中でバッハは女性蔑視だから聞かないという学生にターが放った「魂がSNSで形作られている」というセリフが反論として適切過ぎだった。
監督がこのようなリアクションを想定してこのセリフを入れたのだとしたら、相当性格の悪いことをしている。

性格が悪いといえば誰も予想できないであろうラストシーン。かなり解釈が分かれるだろうが、直前の楽屋でのシーンが「レイジングブル」のラストを連想させるようにあれはある種の再起・希望を描いてるとも言えるし、本当のダイバーシティとは西洋の狭いクラシック業界で女を指揮者にして満足するというものでは無いのだという皮肉を、非常にリスクが高い描写で表現しているともいえる。近年見た映画でここまで描くのに勇気が必要だったシーンは無かったし、それだけでも賞賛したい。

だが、最初に述べたようにこれは単なる社会派映画では無く、権力を得た人間というものを見事に描いてる点が素晴らしい。確かにターは大変問題があるが、見ていても余り不快感が無かったのはターが音楽への凄まじい情熱とそして何より弱い人間である事をキチンと描写している(ボクシングやランニングに精を出すシーンが幾つかあるのもその一つであると理解しました)。

故郷で指揮者を志した時のビデオを見て涙を流すシーンはまあベタではあるがこれが有るのと無いのとではラストシーンの多層性が変わってくるので入れて正解だったと思う。
ターは作中で技術不足の副指揮者を「ロボット」と呼び侮蔑していたが、結局のところ彼女もただの人間でしかないことを学ぶ必要があった。
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