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君を想い、バスに乗るのumisodachiのレビュー・感想・評価

君を想い、バスに乗る(2021年製作の映画)
4.0




90歳のトムは、スコットランド最北端の村からイングランド最南端の岬を目指してバスの旅を開始する。妻との思い出が詰まった家を離れ、なぜ彼は長い旅に出るのか?さまざまな困難に見舞われながらも、行く先々で人々のやさしさに触れるトム。また、実は彼自身の勇気と優しさも周囲に影響を与えていて……。

ティモシー・スポールが実年齢から30歳ほど老けた役を好演。本当にヨボヨボの老人にしか見えなかった。すごい。

いわゆる「おじいちゃんのロードムービー」というやつで、これといって斬新さはないのだが非常に良かった。まず第一に、旅行気分が味わえる。移り行くスコットランドからイングランドの車窓からの景色。バスを乗り継いでいることによるゆったりとした時間の流れ。それだけで心が落ち着く。

寝過ごしたり乗車拒否されたりと、トムはたびたびトラブルに見舞われる。歩くのがやっとのおじいちゃんであるトムはスマホも持たず、地図とノートを手掛かりに旅を進めている。そして、何よりも大切そうに抱えるバッグ。着替えもほとんど持っていない様子のトム抱えているバッグの中身は何なのか?そもそも、なぜトムは旅をするのか?そういった疑問は、少しずつ時間をさかのぼって描かれる回想シーンによって明らかになっていく。

種明かしされる内容は特段意外というほどのものではなく、大方予想通りのクライマックスが待っているのだが、本作にはちょっとした仕掛けがふたつある。

ひとつめは、SNS。トムの姿や行動を見かけた人々がインスタに彼の姿を投稿し、それがバズってトムは知らず知らずのうちに有名人になっていくのだ。その過程はハッキリとは描かれないのだが、「きっとこういうことが起きているのだろうな」ということはちゃんとわかるようになっている。

ふたつめはキリスト教のモチーフ。トムの旅はある意味では贖罪であり、ゴルゴダの丘へ向かうイエス・キリストと重なるのだが、他にもおそらく「善きサマリア人のたとえ話」が要所要所で顔をのぞかせる。「善きサマリア人のたとえ話」はイエスが語ったストーリーで、強盗に襲われた人が道端で行き倒れていたとき、サマリア人だけが彼を介抱して家に宿屋に連れていき、宿屋の代金まで支払ったというあらすじ。見ず知らずの人間に対して献身的に親切な行いをすることの尊さを示しているわけだが、それと同時にサマリア人というのが当時被差別者な扱いを受けていた異邦人を指すというのも重要。

本作では、トムを助けてくれる人々が何人も登場するが、そのほとんどが移民や有色人種。また、トムはあるウクライナ人の家でイエスらの像の配置を整えたり、宿屋で十字架にかけられたイエスを見上げたりする。「アメイジング・グレイス」を歌うシーンはいわずもがな。

このように、かなりわかりやすく宗教教的な要素を配置し続けることにより、ともすれば不自然なほど良心に溢れた本作がうまく中和されていたと思う。キリスト教要素が入ることにより、現代の寓話というか、より抽象化された物語であるという印象を受けたからだ。

バスの旅もいいなあ。疲れそうだけど。暖かい涙を流すことができる、とても良い映画だった。
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