Naoto

息子のまなざしのNaotoのレビュー・感想・評価

息子のまなざし(2002年製作の映画)
4.9
職業訓練所で働くオッサンであるオリヴィエを映し出す作品。

オリヴィエの日常は非常に淡々としている。
生徒に木工の技術を教え、時間が空いたら5回ぐらい腹筋をする。
ジャンクな食事をして、また木工の技術を教える。
妻とは離婚して独り身。
最近新しいパートナーとの間に子を授かったと元妻に聞かされたオリヴィエの顔は浮かない。
そしてまた木工の技術を教える。

そんな彼の冴えない日常に異物が侵入してくる。
少年院から出てきた少年。
その少年はオリヴィエが担当する木工のクラスに入りたいと言う。
この少年はオリヴィエの息子を殺した経歴を待つ。
少年はオリヴィエが自分が殺した子の父だと気づいてないが、オリヴィエは気づく。

少年は家庭に問題があって、人間的に欠落している。
人を殺したことに罪の意識を持っていないし、何を言ったら人が嫌な気持ちになるのか、なんで人を嫌な気持ちにしたらダメなのか理解していない。
というかそんな概念があることすらも知らないといった様子だ。
白痴と言って良い。

オリヴィエはその少年を受け入れ、木工の技術を教えようとする。
元妻はそのことを知り、
「狂気の沙汰よ、なんでなの?」
と問う。
これに対するオリヴィエの答えは
「分からない」

これは凄い。
生きていると自分とは絶対に交わらない生物と出くわすことがある。
まったく自分とかけ離れていて、ほぼ否応なしに害意を与えてくる存在。
そんな存在に出くわした時に人間は害意から身を守るために相手を攻撃するようにできてると思う。
その反応が正常な人間の心の動きなのだ。
だから通常は、嫌な人と出会ったら攻撃しないために関わらないようにするのだ。

この場合であれば、オリヴィエは少年に殺意を抱くのが正常だ。
現実にオリヴィエが取った行動は、人間の心の作りからしたら異常な行動。
理に反している。
だからオリヴィエにも自分の行動がわからないのであり、元妻も厳しく詰問する。

ただ、その異常は例えるのであれば砂時計。

オリヴィエの住む正常な世界は、少年という異物によって、正常な側から異常な側へとゆっくり砂の雨を降らす。
その砂は滂沱と降りしきった後に、しっかりと地を固める。
この瞬間、オリヴィエは怨恨と赦しの渦巻く異様な世界に身を沈める。
そしてその世界にしっかりと身を沈めて、あるがままに受け止め切った瞬間、砂時計は逆転し、世界は天変地異を起こす。
その世界では今まで怨毒であった一粒一粒の砂はにわかに煌めきたち、無限の広がりを見せる。

"To see a world in a Grain of Sand
一粒の砂に世界を見る"
(無垢の予兆/ウィリアムブレイク )
だ。

オリヴィエの心情はこの過程を経験したことがないと多分本当の意味では理解できない。
ただ、オリヴィエを礼讃するかのように寿ぐその世界を、欣喜雀躍とさわめきたつその世界を、人間の目指すべき場所であると呼べることは容易に理解できる。
Naoto

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