耶馬英彦

コール・ジェーン ー女性たちの秘密の電話ーの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

4.0
 妊娠中絶の是非を巡る議論はずっと続いていて、現在でもかなりの数、法的に認められていない国が存在する。
 宗教的な理由が多く、たとえばイスラム教は中絶を禁止している上に、子作りを奨励している。世界の宗教人口で、イスラム教徒の比率が大きくなる理由のひとつだ。イスラム教の国は、憲法の上にイスラム法がある。キリスト教国でもカトリックの国の中には、バチカンが中絶を殺人だと規定している関係から、たとえ母親の命を守るためであっても、中絶を認めていない国がある。強姦や近親相姦による妊娠でも、中絶を認めない国も多い。
 つまり、妊娠中絶を許可するかどうかは、共同体の都合で恣意的に決められていて、個人の幸せは少しも考慮されていない訳だ。少なくとも女性の人格など、一顧だにされない。
 第二次大戦後の民主化の動きの中で、中絶を認める国は増えたが、根本的な解決は見えてこない。戦争と同じく、人類の課題として、人類滅亡まで続くのだろう。

 問題は、望まない妊娠をしたり、妊娠のせいで生命の危険が迫っている当事者の女性にとっては、中絶ができないことで、人生の大きな不利を被るということだ。共同体の都合を横に置いて、女性の人生だけを考えれば、中絶を禁止するのは理不尽だと言える。推論となるが、中絶を禁止しようとする人の多くは、男性ではなかろうか。共同体の指導者が女性ばかりだったら、中絶を禁止する国は現状ほど多くないと思われる。

 本作品の舞台であるアメリカでは、もともと広く中絶手術が行なわれていたが、白人の医師を中心に反対勢力が強くなり、各州で中絶が禁止された。ヤミ手術が蔓延する一方、合法化の運動も盛んになる。本作品の時代は1968年。その5年後の1973年にアメリカ最高裁で妊娠中絶の権利が認められるが、中絶禁止派は過激に反対運動を展開する。暴力などもあったらしい。武器が広く普及しているアメリカのことだから、被害者が悲惨な目に遭ったことは想像に難くない。

 本作品の主人公ジョイは、弁護士の妻で専業主婦だが、世間知らずで生きてきた分、純粋さを失っていない。望まない妊娠で悲惨な状況にある女性たちを救いたいと願う。ジョイの行動に賛否はあるが、ひとりの女性の勇気ある生き方として認められていい。主演のエリザベス・バンクスは、徐々に自信を深めていくジョイの変化を上手に演じている。シガニー・ウィーバーは安定の存在感だ。

 分かっていることなのだが、世の中というのは不自由だなと、改めて思う。もっと寛容で、もっと優しい世の中になってもよさそうなのだが、強欲な人々の独善が、世の中の自由を制限し、平等を破壊している。しわ寄せは常に弱い人に向かう。女性や病人や老人、そして全部引っくるめて貧乏人だ。一部の人間たちが我が世の春を謳歌するために、多くの人々が冬のまま一生を終える。実に理不尽だ。
耶馬英彦

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