むさじー

ザ・ホエールのむさじーのレビュー・感想・評価

ザ・ホエール(2022年製作の映画)
3.8
<正直な人生、その後悔と贖罪>

40代のチャーリーはパートナーのアランを亡くして以来、過食と引きこもり生活から重度の肥満症になり、アランの妹で看護師のリズに助けられながら生活をしている。そしてうっ血性心不全の症状が悪化し死期が近いことを悟った彼の元を、家庭を捨ててから疎遠だった17歳の娘エリーが訪れる。加えて新興宗教の宣教師トーマスが勧誘に訪れた。
ままならない体を抱え死期を間近に控えてもなお娘を思う父、悪態をつきながら父に愛を求める娘、亡き兄の恋人だった男を看護しながらそこに兄の面影を偲ぶ女、その兄はカルト宗教のせいで亡くなり、同じ教えを説く若い宣教師は人を救うことで自らも救われたいと願う。閉塞空間で演じられる贖罪と糾弾の不快な言い争いを見せられるうち、やがて人生の深淵へと誘われていく。
チャーリーはエリーの書いたエッセーを何度も読み返し、名作文学におもねない正直な娘を心の拠り所にしていて、それは自分への戒めでもあった。だが娘は、妻子を捨てた父の“正直な人生”が許せなかった。
正直な人生、それを浜辺で決意して生き抜いたチャーリー。人は誰しも完璧なはずはなく過ちを犯し、そして誰かを愛し生きて死んでいく。それが人間であり限りある人生だ。そう割り切れば心は広く大らかになり、過ちも宗教も同性愛も何もかもが些細なことに思えてしまう。
そして些細なことを乗り切るのに必要なのは、互いの理解と寛容だと気づかされる。だからラスト、互いに救いを与え心から理解し合えた父娘の姿こそ、真の魂の救済であり成就だと思えた。
これも一つの解釈だが様々な含みが見えてくる。ほぼ室内劇のため映画的面白さには欠けるが、クセ強で深い世界だ。
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