むさじー

ヴェラ・ドレイクのむさじーのレビュー・感想・評価

ヴェラ・ドレイク(2004年製作の映画)
3.6
<無償の善意が犯罪になったら>

1950年のロンドン。家政婦のヴェラは、夫と息子、娘の4人家族。家族や近隣には慈愛を持って献身的に接し人望の厚い彼女だったが、家族には内緒で非合法の堕胎幇助を行っていた。そしてある日突然逮捕される。困っている人を助けたい一心の行動だったが‥‥。
今ほど避妊の知識も方法も十分でなく、中絶が犯罪だった時代。善意の女性が善かれと思ってとった行動が意識せず犯罪になってしまう。時代背景、善行と法規制の問題、貧富格差の問題等々、いろんなテーマが複雑に絡み合っているので整理がつかなくなってしまう程だ。
合法中絶と非合法中絶の境界は社会によって、時代によって大きく変わり、本作は中絶の是非に言及している訳ではない。他者への慈愛に満ちたヴェラの行為だが、法的に悪事でも道義的に許されるものかどうか。また、上流階級ならば大金を払って病院での中絶が許されるという抜け道も存在していたようで、裏では階級や貧富の格差をも問いかけているようだ。
そして最も気になるのが、ヴェラ自身はどの程度罪の意識を持っていたのかということ。あくまで「無償の善意」を主張しているが、家族に知られたくない「後ろめたさ」が漠然と同居しているので、彼女の無知が招いた犯罪とも解釈できてしまう。この辺がボンヤリしているのが惜しまれる。
また、悪意や欲に走った行動とは誰も解さず、取り締まる警察の対応が非常に紳士的だったのが印象に残った。そして罪人にはなったものの、動機はあくまで親切心からで、彼女らの犯罪が人の心と社会を動かし法改正に繋がったものと思う。やがて家族の誰もが彼女の思いを理解し赦す姿にはわずかな希望が見えて、寂しいけれど温かい不思議な余韻だ。
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