むさじー

潜水服は蝶の夢を見るのむさじーのレビュー・感想・評価

潜水服は蝶の夢を見る(2007年製作の映画)
3.8
<人の尊厳を奪われても自分らしく生きる>

ファッション誌「ELLE」編集長として順調な人生を送っていたジャンは、ある日脳梗塞で倒れ、昏睡から覚めると正常なのは意識と記憶だけの全身マヒに陥っていた。やがて言語療法士の力を借り、唯一動かせる左目の瞬きによって周囲とコミュニケーションをとろうとする。そして編集者を呼び寄せ、ジャンの瞬きによるメッセージを読み取る形で回顧録の執筆作業を始めた。
実話ベースのフィクションだが、前半は彼の視野から見える風景と音声、それと彼の脳内モノローグで描かれ、その主人公視点の映像の作り込みが凄い。目の瞬きや涙によって揺れたり不鮮明になったりで気分が悪くなるほどだった。そして主人公が必ずしも好人物とは言い切れず、浮気者で皮肉屋で頑固者だが憎めない人間味あるキャラという点が本作の持ち味で救いになっている。
後半になると客観的な映像に変わり、当初は変わり果てた自分を受け入れられなかった主人公が徐々に現実を受け入れ、執筆によって生を全うしようと決意する。そして絶望の淵から徐々に生きる術を掴んでいく。肉体が不自由だとしても、本人次第で魂は自由になれるという思いから。
人生は思い通りにならないが、それでも最後まで自分らしく生きる。やり直せない人生なら、せめてやり残したことを成し遂げて‥‥分かる気がする。大切なのは絶望の先に何か生きる縁(よすが)となるものを見つけられるかということ。
脳梗塞という誰にでも起こり得る悲劇で、程度の差はあれ類似の症例は少なからずあるはず。そんな状況の自分を受け入れることが出来るか。他人の人生を見つめながら、自分がその立場だったらと考えさせられる。
悲壮感に満ちた話だがユーモアと詩情に溢れ、残酷な現実を美しいアートで彩る。そのリアルとアートのバランスが絶妙だ。
むさじー

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