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ミセス・ハリス、パリへ行くのlotusのレビュー・感想・評価

3.7
ものすごく邪悪な悪意というのが出てこないので、優しい世界を見たくなった時におすすめの映画。(嫌な人も少しは出てくるけど、主人公の周囲の人間がとても優しい)

主人公はイギリスで他の人の家を清掃して生計を立てるミセス•ハリス。戦争で夫を亡くした彼女の生活は慎ましやかだ。

ある日裕福なお家でいつものように清掃しているところ、クリスチャン•ディオールのドレスに出会って人生が変わってしまう。

それまでファッションにはとりたてて興味があったふうでもないミセス•ハリスだが、そのドレスにすっかり一目惚れしてしまい、「ディオールのドレス」を買うために一生懸命働き、お金を貯める。

一目惚れというのは、そのように日々の行動、生活、ひいては人生を変えてしまうのだ。

あれやこれやありながら、目標金額を貯めてパリに行ったミセス•パリス。
だが、イザベル•ユペール演じる、意地悪なマネージャー、コルベールに頭からつま先までジロリと検分されて、やんわりと、でもはっきりとディオールの客として相応しくないとして追い出されそうになる。

しかし、会計士のアンドレは、ミセス•ハリスが現金を持っていることを確認すると、ドレスを買えるようすぐに取り計らう。

この時代、顧客はおそらくツケで購入することが一般的だが、コレクションを顧客に披露するにはお金がかかる。ツケでドレスを買われると、お金が入ってくるのはうんと後になる。その間、アトリエを運営するお金は入ってこない。

別の映画だが、「ディオールと私」というドキュメンタリー映画の中で、コレクションが目前に迫る中、NYに住む顧客(ワンシーズンで5000万円使うらしい)のドレスを調整するため、アトリエのトップがアトリエを留守にするというシーンが出てくる。当然デザイナーは怒るが、周囲は断ることなんてできない。仕方がない、と言う。
コレクションを発表するためには、アトリエを運営し続けるためには、かなりのお金が必要だ。

この映画でもそのあたりの現実が描かれていておもしろい。おおよそディオールの顧客らしくなくとも、現金を持っている人を顧客として大切にする現実的判断をするのだ。

パリに行ったミセス•ハリスはドレスへの一目惚れを通して、ドレスがどのように作られているか、コレクションをいつも見に行く顧客がどのような人たちなのかを学ぶ一方で、よきお節介ぶりを発揮して、お針子さんたちの労働環境を守ろうとしたり、会計士の恋を応援したりする。
単調で同じことの繰り返しだった人生に突如としていろんなことが起こるのだ。

最近の日本国内では、景気が悪いことが大きな原因だが、服に過分なお金をかけることはどこか軽んじられ、それよりも「高見えする服を賢く着こなす」ことのほうに重きが置かれているように思う。

けれども、ディオールのドレスに恋したミセス•ハリスの人生には新しい街、新しい人との出会いがもたらされ、わくわくするものになっていく。

景気が悪くなると、「コスパ」が重視され、わくわくは脇に押しやられてしまうけれど、もし何かに一目惚れしたり、わくわくすることがあれば、それに導かれるままに行動してみるのもいいじゃないか、という気持ちになれる。
この映画はちょっと信じられないくらい周りの人が優しすぎるのでは、と私のようにひねくれた人は思うのだけど、こんな世界があったっていいじゃない。それが映画のいいところじゃない、とも思う。
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