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ちひろさんのRenのレビュー・感想・評価

ちひろさん(2023年製作の映画)
2.0
僕が今泉作品を観る理由は大体100個くらいあって、『街の上で』をオールタイムベストに入れているくらいには監督のファン。監督・今泉力哉×主演・有村架純×音楽・くるりという配信作品らしい気の利いたキャスティング....なのだけど、作品自体は正直かなり消化不良だった。原作未読。

弁当屋で働く元風俗嬢の "ちひろさん" と町の人々との交流を描くヒューマンドラマ。過去作のように、様々な個性の人々の群像劇を決して焦らずじっくりと描いていく。

今作最大の論点はやはり「男性原作・男性監督による女性をトロフィー化した作品になってしまっていたか否か」だろう(賛否に関わらず、この点に触れていないレビューは信用できない)。
自分は、「汲み取ろうとすれば製作陣の意図は分かる」が、「(どんなエクスキューズがあったとて)前述の問題は残っている」と思った。

前提として、ちひろさんは従来の今泉作品にはないくらいフィクショナルな存在として描かれている。冒頭で羅列される少し風変わりな行動の数々、過剰に発せられる独り言がその証左だ。

そんな彼女が(彼女自身にその気があろうが無かろうが)周囲の人々の問題を寛解させていく。なぜそんなにも他者に構うのかは分からない。一応過去に彼女が他人から善意を受け取った原体験的エピソードは挿入されるが、終始彼女は明確な恋心や使命感やゴール無く問題解決する掴みどころの無い存在に見えた。

関わりたくない人や案件からは自ら身を引いている場面もいくつかあるので、ちひろさん自身が「他人への奉仕を生きがいにしている聖女」として生きているわけではない。だけどどうにも彼女が「他人への奉仕を生きがいにしている聖女」に見えてしまうのはひとえに作りに問題があったとしか言えない。

もちろん作り手はちひろさんを「こうやって生きている人もいるよね、という多様の中の一人」として描こうとしているのだろう。しかし彼女は過剰にフィクショナルに描かれているし、何より前半である違法行為に手を染めているのだ。こんな喪黒福造みたいな人物に「こんな人もいるよね」と言えるほど自分はちひろさんに感情移入できないし寛容にもなれない。というかそういう映画ではない。
詭弁でもなんでもなく、「自分の周りにもちひろさんが周りにいたらいいな」は「無料の家政婦ほしいな」と同義なので、そういう見方をしている人は大丈夫か?と思う。多分本心で言っているというよりかは、製作陣がそういう思惑で作っているのだからそういう感想を言っておこう、ということなのだろうけど。

だとしたら観客をストレートにほっこりさせるためにも、バックボーンをより濃く描くべきだったのでは?と思う。
今泉監督の良さは、人物の説明を極端に省くことで登場人物をどこにもいそうなリアルで非線形な人間として演出する(こういうキャラです、と安易にレッテル貼りしない)ところにあるけど、今回ばかりはそれが裏目に出てしまっていた気がする。
説明を省いた結果、画面に映るちひろさんには「他者の問題を癒してあげる元風俗嬢」という要素のみが残ってしまい上手くノれなかった。今作が一部で批判に晒される一因もおそらくここにある。他の巨匠が撮っていたら、もしかしたら評価はまるっきり変わっていたかもしれない。

企画の段階でもっと上手くやれた映画ではあったはずだ。まとめると、

○「本当にNetflix配信でなくてはダメだったのか?」
→ 全世界で多くの人が気軽にアクセスできるメディア(Netflix)で公開する、が『ちひろさん』実写化の最善策だったのか?原作ファンや今泉監督ファンが選択的に自分から観に行くミニシアター公開などではダメだったのか?

○「本当に主演は有村架純でなくてはダメだったのか?」
→ 俳優に罪が無いのは大前提。しかし、圧倒的な知名度と人気があって美人で可愛いという共通認識もある有村架純が演じることが「ちひろさんは周囲を満足させてあげる聖女」のようなイメージを助長するリスクになるとは考えなかったのか?「やっぱり有村架純最高!」とだけ書き込んで満足な観客を増やし、問題提起を曇らせた罪は大きい。

○「本当に監督は今泉力哉でなくてはダメだったのか?」
→ 演出の不親和性ついては前述したので割愛。ご本人の意向は分からないが、今泉監督は『サッドティー』『街の上で』『窓辺にて』などオリジナル脚本の小〜中規模作品のほうが絶対に輝くと思う。個人的に、原作ありの作品は実は『愛がなんだ』以外そこまで深くハマれてなかったりする。

以上、映画の作りにチグハグさを感じてしまい、もっと上手いこといった作品だったのではということばかり考えてしまった。とっても無念の一作。原作読んでみたいと思った。

その他、
○ 脚本にしても、ちひろさんの映っている時間よりオカジ(豊嶋花)が中心にいるシーンのほうが圧倒的に面白くて「ちひろさんはいいから早くオカジ出せ〜」と思ってしまった。
○ 今泉的ユーモアは、中華料理屋で餃子のサイズを聞くあの一瞬の会話とかだよな〜と思う。
○ 冒頭風呂場のシーンのちひろさんの鼻歌、『愛がなんだ』冒頭風呂場でテルちゃんが歌う鼻歌と同じだよね...?
○ 子役2人が本当に素晴らしい。嶋田鉄太の憎たらし演技も去ることながら、豊嶋花の魅力よ。初めて『mellow』の志田彩良や『街の上で』の中田青渚を見たときを思い出した。
○ 自分にとってパンドラの匣である某湯を沸かす映画を思い出しそうになったけど、あれと比べて周囲への有害さは無いぶん穏やかに観られた。
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