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正欲のhayatoのネタバレレビュー・内容・結末

正欲(2023年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

"観る前の自分には戻れない"というキャッチコピーの通り、自分が持っている価値観や固定観念を根本的に揺さぶられる衝撃的な傑作だった。

最近よく、そもそも「普通」って何だろうかということを考える。「普通の人間」、「普通の生活」。日常的によく耳にする言葉だけど、それってただ大多数の人が思い浮かべる、「こうであってほしい・こうであるべきだ」という只の理想に過ぎないんじゃないか。
「多様性」という言葉を使えばなんでも綺麗に片付けられるという世の中の雰囲気も感じる。
そんな便利な言葉の対象者ではない、理解されず括りから疎外された彼・彼女たちの姿を観て、胸が締め付けられた。

おそらく多くの人は本作をマジョリティ側の人間である寺井(稲垣吾郎)の視点に立って観ると思う。(自分も最初はそうだった)だけど展開が進むにつれて、何者にも理解されないマイノリティを抱えた夏月(新垣結衣)や佐々木(磯村勇斗)側に感情が持っていかれる。

世の中には色んな人がいる。それは当たり前で、何も悪いことじゃない。だけど、どうしても自分とはかけ離れた趣味嗜好を持つ人間を前にしたら、自分はどう感じ、どう接するのか。
たとえ共感は出来ないとしても、理解しようとする姿勢を忘れてはならないと感じる。

物語自体もそうだし、本作に登場する役者陣全員の演技がとにかく素晴らしかった。

ガッキーの作品はあまり観たことなくて、個人的にただ明るい元気な役をやってるっていうイメージがあったんだけど、本作では目に光を失った、観たことがない"女優新垣結衣"を観れて、その演技の凄さにやられた。鑑賞後は夏月はガッキー以外では考えられないなと感じた。

マジョリティ側の寺井を演じた稲垣吾郎も凄く良くて、ステレオタイプというか、こんな人嫌だなって思う絶妙な人間を見事に演じてた。でも自分の子供がYouTuberを目指す事について奥さんと対立するシーンは、寺井の考えに共感した。

そして磯村くんは本当に素晴らしい役者だなと常々感じてたけど、本作を鑑賞してそれを改めて思った。佐々木という難しい役を、綺麗に汲み取って演じていて、一つ一つの表情や声のトーンなど、どれを取っても素晴らしかった。
どんどん彼の演技や存在感に魅了されていく。日本映画には欠かせない役者の一人。

八重子を演じた女優さんも初めて観たんだけど、今にも溢れ出しそうな切実な感情を抱えて生きている八重子を見事に演じていて素晴らしかった。大也と大学の講義室で対峙するシーンなんか泣きそうになった。

あと、ほんの少しだけど『アイスと雨音』で衝撃を受けた森田心さんも出演していて嬉しかった。
宇野祥平さんが居るだけで場の空気が引き締まるの流石すぎる。

ラストの寺井と夏月の表情が頭から離れない。重い音を立てて締まる扉は彼らは分かり合えないという絶望や断絶を表している様で胸に重くのし掛かった。
ただ理解し合える人と出逢えただけなのに、どうして引き離されなければならないのか。
難しいことは重々承知だけど、それでも夏月や佐々木の様な人が苦しまず生きていける社会であってほしい。

あと個人的に、「地球に留学してる感覚」って言う夏月の言葉に深く共感した。
自分もたまに、生活してる中でふと自分が他所からやって来たような、お客さんとして地球(人間)の生活を体験してる様な感覚に陥ることがある。輪の外側に居るような辛いというか不思議な感覚。

マイノリティ側の人間に対しても、そしてそうではない人に対しても、この作品は寄り添い、肯定してくれる力を持っていると思った。この作品を観て救われる人は少なからず居るんじゃないか。居てほしい。

きっとこれからまた何回も観ることになると思う。
この作品と出逢えて本当に良かった。
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