噛む力がまるでない

理想郷の噛む力がまるでないのネタバレレビュー・内容・結末

理想郷(2022年製作の映画)
-

このレビューはネタバレを含みます

 2010年にスペインで起きた実際の事件に基づく作品である。

 田舎の排斥的な体質を描いたスリラーで、都市部と農村それぞれに住む人間のコミュニケーションの不可能性をものすごく恐ろしくとらえていて面白かった。男同士の無様なやりとりの果てに負の遺産が残り、それを女性がどう相続するのかということをバランスを考えた構成でなかなかうまく表現している。前半はオルガ(マリナ・フォイス)の主体性があまり感じられず、アントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)にただつき従っているように見えるが、後半で娘の視点からオルガの信念や抵抗が語られていて、彼女が大切にしているものがよく伝わってきた。見ていて夫が殺された土地でどうして暮らし続けるのかという疑問を抱くが、おそらく答えはシンプルで、愛した夫にもう一度でも会いたかったんだろうなと思う(ラストシーンは悲喜こもごもが詰まった表情で印象的だ)。恐ろしいスリラーだが、愛と暴力に揺れる女性のメロドラマでもある。

 俳優陣の芝居はいずれも良く、主演の2人も凄いが、嫌がらせを続ける地元農村の兄弟を演じる2人も凄い。ある種の狂気に陥っている人物を非常に人間味に満ちた形で演じていて、こんなご近所さんは絶対にイヤだ!……と思った。ドゥニ・メノーシェは今作でも安定した演技を見せており、本当に知的で魅力的な役者でますますファンになってしまった。終盤から出番がないのは残念だが、その魂を引き継ぐようにマリナ・フォイスが熱演していて、とても良かったと思う。