噛む力がまるでない

ほかげの噛む力がまるでないのネタバレレビュー・内容・結末

ほかげ(2023年製作の映画)
-

このレビューはネタバレを含みます

 塚本晋也の最新作である。

 全体的にものすごく『野火』とのつながりを重視しているような作品で(どちらもタイトルに「火」が入っているし)、『野火』を見てからこっちを見ると戦争が人の心に及ぼす深刻な問題をより鋭く感じられるようになっていると思う。終盤で復員兵の吹き溜まりを映す場面があるが、『野火』のレイテ島から戻ってきた兵士たちがいるような気がして、個人的には大変恐ろしい場面だった。

 謎の男(森山未來)は上官だった男の復讐をもって自らの戦争を終わらせようとするが、相手を痛めつけたあともまったく終わっていない感じがしてとても皮肉である。主人公の女(趣里)も孤児の子供(塚尾桜雅)も最終的にどうなったは明示されないが、ただただ悲惨な話というわけではなく、2人が優しさと理不尽の間で揺れ動いて引き裂かれたことが見てとれる。こういう登場人物の深い余韻の残し方が塚本晋也は本当にうまい。そして「何をもって戦争が終わったとするか」ということを辛辣に突きつけてくる作品だ。

 全体的に演技はとてもよく、近年の塚本作品では一番のキャスティングと演出だと思った。趣里も子役の塚尾桜雅も感情が非常に顔に出る役者で、疑似夫婦のようになっていく2人の温かさと哀愁がにじみ出るようだ。森山未來はちょっと曇った感じの存在感で、興味を惹かれるところが多くてさすがである。今作は塚本本人は出ていないが、一番監督の演技の血が濃いキャラクターなんじゃないかと思う。
 また、この『ほかげ』は図らずも現在大ヒットしている『ゴジラ-1.0』と同じものを描いており、表現も予算もまったく違うが、疑似家族の見せ方や戦争の終わらせ方に苦悩する男の結末など、2つの作品を劇場でいろいろ見比べてみるとけっこう面白いんじゃないかと思う。