噛む力がまるでない

絞殺魔の噛む力がまるでないのレビュー・感想・評価

絞殺魔(1968年製作の映画)
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 ジェロルド・フランクのノンフィクションを原作とした作品で、監督はリチャード・フライシャーである。

 スプリット・スクリーンがたくさん用いられており、警察の捜査や女性たちが防犯を対策する姿が賑やかにパパッと分割していく様子は面白いところがある。肝心な場面は正攻法でじっくりと見せており、スプリット・スクリーンが作品全体の印象をどうこうするわけではないのだが、解離性同一症の人間を描くということを考えると、記憶や意識が解離していくイメージを分割画面で演出している……というような見方もなくはないと思った。ただ、当時の社会問題を盛り込みたい意図があるとはいえ、劇中のアルバート・デザルボの人物像は実際の本人と違ってけっこう恣意的らしいので、そこはちょっと乱暴なような気がする。

 デザルボを演じるトニー・カーティスの演技は素晴らしく、吹き替えの広川太一郎もその心境に呼応するように達者な演技を披露している。ものすごく繊細なので、静かな環境での視聴をオススメする。吹き替え全体としては既に亡くなっている殿堂入りレベルの声優が中心のキャスト陣で芝居がうまいというのに尽きる。音声を聞いているだけでおしまいになってしまった。