むさじー

波紋のむさじーのレビュー・感想・評価

波紋(2023年製作の映画)
4.0
<心の深部をえぐるダークな怪作>

ひとり穏やかに暮らしている依子は、パートの傍らスイミングを楽しみ、信仰する新興宗教の勉強会と祈りの日々を送っていた。ところがある日、自分の父親の介護を押し付けたまま失踪していた夫の修が突然帰ってくる。夫はがんを患い高額な治療費を援助して欲しいと言う。それ以外に離れて暮らす息子の結婚問題、パート先でのトラブルと様々な辛苦が依子に降りかかる。
夫が失踪して以来、心の拠り所になったのが新興宗教だった。高価な水を崇め切磋琢磨しようと踊りながら唱和する。何とも不気味で滑稽な風景なのだが、揃った役者の面々が凄いので“あるある感”満載だった。
そして最も凄いのが木野花演じるスーパーの清掃係。「肉を切らせて骨を断つ」「人の死を念じるのは罪にならない」と依子に適切な(?)アドバイスをするのだが、本人は心に傷を負っていて自分の部屋はゴミ屋敷というから切ない。加えて依子は、息子の恋人に難聴の障害があったことから差別感情を抑えきれず、息子との関係を悪化させてしまう。この辺の人間模様は辛らつだ。
本作は家族の崩壊に軸を置かず、家族が再会した後のぶつかり合いを経て、もう再生不可能といった絶望と達観が入り混じった心持ちになるまでが中心になる。やがてエンディングの雨中のフラメンコに繋がるのだが“天気雨”というのが絶妙で、見えるのは光明か更なる辛苦か。心の底からは笑えない、自分の心と向き合うよう迫ってくるような映画だった。
前作『川っぺりムコリッタ』では「死」の香りを漂わせながら、死に対比させた形で “ささやかな幸福論”を展開していたが、本作では一変して、心の深部に踏み込んでくるような切れ味の鋭さを見せている。荻上直子は作品ごとにベクトルを変えて進化している。
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