かんげ

658km、陽子の旅のかんげのレビュー・感想・評価

658km、陽子の旅(2023年製作の映画)
3.7
監督・キャスト登壇の完成披露試写会に、filmarksさんで当選して参加。最初に舞台挨拶、上映のあと、熊切監督と菊池さんのティーチインでした。

42歳独身ひきこもりフリーターの陽子のもとに、長い間断絶してた父の訃報が届く。従兄家族と東京から故郷の青森に向かうことになったが、途中のSAで置き去りにされてしまう。出棺の明日12時に間に合うよう、ヒッチハイクの旅をすることに。一夜の旅の間、いろいろな人と出会い、停滞していた陽子の気持ちが動き始める…という物語

いわゆるロードムービー。ある意味「すずめの戸締り」と同じ構造。画面の色合いが全然違いますが。

まず陽子役の菊地凛子の実在感。世間的にはおばさんと呼ばれる年頃。舞台挨拶でのバーン!と肩と背中の開いたドレスをまとったThe女優と同じ人物とは思えないダメダメ感。イカスミパスタを平気で頬張るのも、人と合っていなくて、口に色が残ることなんて気にしなくていいから。しばらく発声していなかったから、ガサガサと急には声が出ない感じも、いいです。

ヒッチハイクで出会う人々も、当然善人ばかりではありません。いや、善人と悪人がいるのではなく、彼女を乗せてくれる人の中に、良いところも悪いところもあるというところ。チャキチャキと喋る立花(黒沢あすか)、人懐っこい小野田(見上愛)など、陽子とは対称的な性格が強調されているところも面白いですね。

でも、シングルマザーの立花にしても抱えているものがあって、普段から歯に衣着せぬタイプなのかどうかは分かりません。あそこで陽子を降ろしたのは、どうしても心を開かない陽子に対して、多少の悪意があったのかもしれません。小野田が抱えているものも分かりません。なぜヒッチハイクしているのか、誰から電話がかかってきているのか、語られることはありません。

前半、どうもテンポが悪いなぁと感じてしまいますが、それが陽子の感じている居心地の悪さなのだと思います。

ある一件から、物語が大きく動き始めます。そこで陽子に掛けられた言葉「自分で選択したことだからな」が刺さります。陽子は42歳。就職氷河期世代、ロスジェネと言われる世代。夢があって地元を離れた彼女がうまく行かなかったのは、彼女自身だけに原因があるわけではないでしょう。にもかかわらず、そんな言葉をかけられ続けた世代です。彼女が何になりたかったのかは語られませんが、それによって、誰しもが陽子になる可能性があるということを表現しているのではないでしょうか。

仲がいいんだか悪いんだか分からない老夫婦の関係性に触れることで、42歳で止まっていた父親のその後に思いを馳せることになるところもいいですね。おじいちゃんが陽子にかけた言葉「知らない人のクルマに乗るなんて危ない」。これを、彼女の状況を考えない一方的な説教ととるか、彼女の安全を心配している率直な言葉ととるか。真意は分かりませんが、受け取り方次第です。そんな行き違いが陽子と父親の間にもあったのでしょう。そのことに気づいたということだと思いました。

セリフや画面で語られることはごくごく一部で、納得できるよくできた物語を求めると物足りないかもしれません。でも、他者の見えないところに思いを馳せるということが本作のテーマの1つだと思いますので、これはこれでアリだと感じました。
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