かんげ

ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバーのかんげのレビュー・感想・評価

3.9
【弔いとエンターテインメントの両立】

若き国王ティ・チャラを失ったワカンダ王国。鎖国を解除したワカンダは、欧米各国から表では政治的圧力、裏ではヴィブラニウム強奪の攻撃を受けていた。CIAは探査機を使い大西洋の深海でヴィブラニウムらしき物質を採掘しようとするが、調査団が謎の海の種族に襲撃される。関与を疑われたワカンダは、真相を究明するために王女シュリとオコエ隊長をアメリカに派遣し‥という物語。

ティ・チャラの妹で天才科学者のシュリの日本語吹き替えを、ももいろクローバーZの百田夏菜子が続投するということで、吹替版で観てきました。

前作で、ワカンダ王国の存在、そしてヴィブラニウムの存在を世界に公表したティ・チャラ。それは、確かに正しいことかもしれないけれど、世界に新たな脅威と混乱をもたらすことは明らかでした。続編では、その混乱と対峙することで、若き王がまた成長していくのだろうと思っていました。

しかし、そのティ・チャラを演じるチャドウィック・ボーズマンが逝去してしまった。彼以外のティ・チャラは想定できず、物語の中でも、ティ・チャラが亡くなってしまうという、大きなストーリーの変更を迫られたということです。

前作では、ワカンダの歴史と国王の重責を一身に背負う兄と比較して、とても自由で現代的だったシュリ。観る前は夏菜子では声が幼過ぎると心配していましたが、案外キャラにはハマっていました。そして今回、ポスターでもど真ん中になってしまったシュリ。「そんなはずじゃなかった」のは、物語の中のシュリも、演じるレティーシャ・ライトも、そして吹替を担当する百田夏菜子も同じ境遇。きっと、自分の境遇を重ねて、戸惑いながらも作品に取り組んできたのだろうと推測されます。

今回、ワカンダと対峙することになる海底王国タロカンは、スペインによる侵略で国を追われた中南米の民族がヴィブラニウムによって海底で生きる力を得て、密かに生き延びてきた人々の国です。ワカンダでは、ヴィブラニウムを技術として活用して、直接体内に取り込むのはブラックパンサーのみですので、微妙な違いはありますが、身を隠して繁栄してきたという点は同じで、ある意味、ワカンダとタロカンは鏡合わせの関係にあるといってもいいでしょう。

その王である、ネイモア(ククルカン)は、なかなか興味深い人物、国や国民を思う気持ちはティ・チャラ、復讐心や世界を見る視線はキルモンガー、2人の側面を併せ持つ人物とも言えそうです。ワカンダに対しては理想郷として憧憬され持っていて、人質であるシュリへの対応も紳士的。「さすがに、プレゼントはやり過ぎだろう。それはもう、プロポーズじゃねぇか」と思っていたら、後々…という展開。これはちょっと物語として都合が良すぎました。

同じような背景を持つ二国のすれ違い、闘う必要のない二国の対立は、観ている側が「なんでそうなるのよ」「ちょっと落ち着いて、話し合おうよ」とやきもきしてしまいます。リリを犠牲にすることなく、かつ両国が衝突を回避するという道は絶対にあったはず。ティ・チャラの不在がこんな場面の判断にも影響するということかもしれません。キルモンガーなら「よっしゃ、やったるで」と、即ネイモアとがっちり握手していたところでしょうが。

でも、実は、シュリの考え方って、キルモンガーにも通じるところがあるんですよね。ワカンダの伝統の否定とか。境遇も、家族を失ってしまい‥という点も共通しています。そういう意味では、その後の一連の展開は納得できるものでした。

結局、「復讐心を克服しない限り、戦争は続く」というのは、現実の戦争の構造そのものです。そして、個人として復讐心を克服できても、個人の集合体である「国」は、簡単にはまとまりません。君主ひとりの思いだけでは動かないですよね。大局的な判断をしても、そのリーダーは「腰抜け」の誹りを受けることになるかもしれません。「では、戦いで家族を失い、残された者はどうするのか」といった声は上がってくるでしょう。戦争を始めることはできても、本当の意味で終わらせるのは難しいものです。

その後のワカンダがどうなるのかは明示されていません。シュリがどうなるのかもわかりません。これまでワカンダの人々を縛っていた伝統や歴史も、少しずつ変化していきそうです。変化しなければ「フォーエバー」はないのでしょう。エムバクも変化しましたし。

リリを探しにアメリカに渡り、シュリとリリが連れ去られるあたりの不自然さ、途中からCIAをはじめ欧米諸国側が蚊帳の外になるところなど、気になる点、未消化の点はありますが、ティ・チャラの死を悲しみ、鏡像関係であるタロカンとの闘いによって、かつてのティ・チャラの経験をなぞり、新しい世代へつないでいく交通整理は成功していると思います。

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