近藤啓二

君たちはどう生きるかの近藤啓二のネタバレレビュー・内容・結末

君たちはどう生きるか(2023年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

(随時加筆修正します。かなり個人的な感想、推敲の忘備録としても使わせていただいてます。)

この作品は宮崎駿版「銀河鉄道の夜」である。

「銀河~」が発表された当時の評価は分からないが、少なくとも現代の評価を重ねあわせると、「君たちは~」の作品としての立ち位置、これまでの宮崎アニメとはたしかに異なる雰囲気、などどのような作品としてみたらいいかは分かりやすくなるかと思う。

ジャンルとしては「異世界ファンタジーもの」になるのだろうが、もちろん、それも今の世代に馴染みがある「転生もの」のような記号化されたものではない。
かなり神話的、かなりフォークロアな異界探訪録だ。

これまでの宮崎作品の引用、スタジオジブリ内の人間、親子関係、その他、解釈はまあ楽しいのであってもいいが、個人的にはあまり興味はわかない。

従来のような明快で緩急自在の物語構成がなく、やや曖昧で、茫洋とした印象が続くのは、一つは宮崎駿という作家の衰え…というのはあるのかもしれないが、まず忘れてはいけないのは「創り手とは常に、死に足を踏み入れて描く」ということだ。
この物語はそちら側に大きく振り切った作品であり、「死を先手」に描かれている。
それゆえ今までのジブリ作品とは違い、こうした生命力の裏拍子のような、いわばこれまでとノリが違うため、評価が分かれるのだと思う。

(他の方のレビューで興味深かったのは「これまでの宮崎表現で重視されていた重量描写が浅くて軽々しい」というもの。これはおそらく手抜きではなく、意図的なのではないかと思う。死とは重力からの解放でもあるからだ。)

生は死と表裏一体である。
死によって生が生まれる。
死は終わりではなく、生も始まりではない。

こうした禅問答のような哲学、信仰、神秘思想は、古代から神話世界として語り継がれている。
戦前の日本人が保ち、本来我々が持つべき世界観でもある。

我々の生の後ろには、常に今は亡き人々の霊がある。
欧米的な物質主義精神に固められる以前の、境界が曖昧な世界を描いているとして、宮沢賢治は神秘思想の作家としても根強く評価されている。

おそらく世界中の神話にも精通しているであろう宮崎駿は、このことを文献上の情報としてだけで組み込んだだけだろうか。
それとも、直感が常に彼自身に囁いていたものなのだろうか。
自分は後者だと断言したい。
歳をとることで人は夢の境界=異界に近づくと言われている。
その意味で、この作品と比して黒澤明の「夢」が挙げられるのも興味深い。

思えば「千と千尋の神隠し」あたりも、現世と彼岸の境界が曖昧な物語世界だった。
世間一般的に知られているのと同程度の人となりしか知らないが、左翼全共闘世代の宮崎駿は、霊的世界観など信じる人ではないと思っていた。
しかしいま思うに、果たしてそうだったろうか。(*1)
彼の深いところにあるそのような霊感、インスピレーションに突き動かされ、「好き勝手にやらせた(鈴木P談)」この作品で彼がさらけ出しのが、それだったのではないだろうか。
過去作の引用であるとか表現の解析、解釈などはあまり意味を持たないように思うのは、それらがどうしても現世の即物的、言語的理由付けにしかなりえないからだ。
この作品は夢のようなもので、死と混然と化した夢が伝えるものは全く別にあるからだ。

ただ一つ、自分としても、このような解釈をはっきりさせたポイントがある。

主人公の祖霊である大叔父が「”世界”中からかき集めてきた13個の積み木」だ。
これは神秘主義思想には欠かせない幾何学を指すモチーフだ。

幾何学は、「”世界”を形作る意識のカタチ」だ。
虚である死と実なる生の関係をとらえた、人間の意識を数学的に表したものだ。

それを持つ世界の創造主、そして主人公の祖霊として登場したことに、思わず「嗚呼…」と声が出そうになった。

このような直感は簡単に表現も作品理解も、継承などもできるはずもない。
ジブリの後継問題にはそれがあったのかもしれない。
アニメーターである宮崎駿にとって、”世界”とはアニメの二次元世界を通してみるものであり、その”世界”表現を支える構成要素として、受けつがれてきたトルソーというものから、幾何学的直観を得ていたのかもしれない。

その世界表現の手法を冷たい言語記号ではなく、優しい寓話に昇華して示してもらえたことに、無性に泣けてしょうがなかった。

生きろ、生きねば、と少々説教臭かったジブリのキャッチコピーで、自分も含めほとんどがまたかよ、と苦笑いしていたこの映画のタイトルは、全く違った意味を持っていた。

「君たちはどう生きるか」は、日本人はいまのまま、どのように生き続けるか?を問うものではなかった。

「今一度、我々の死を受け入れろ、生きるとは死だ」だろう。

この日本独自の死生観を描く幻想譚が戦前に始まり、戦後に終わるのは偶然ではない。
ただひたすら生きることだけが善とされ、いたずらに強調され続けてきた戦後で、眠れない生はただ狂乱に成り下がった。
戦後の産業となったアニメも、図らずもその一端を担ってきたはずだが、そのことに疑問を投げかけたのが、日本の代表する作家・宮崎駿その人であるのは大きな意味があるのだと思う。

この作品は将来きっと、「銀河鉄道の夜」に並んで、日本人の霊性を描いた不朽の名作として愛されるだろう。
いまはそう願ってやまない。

(*1)
過去のインタビュー動画で宮崎氏は「世界の秘密」というワードを出して答えている。おそらくそのような感性はある人だとは思える。
近藤啓二

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