このレビューはネタバレを含みます
“穏やかで心地よい感動に包まれる、静かな名作”
アクション物、恋愛物を”動”とするなら、本作は正に”静”の名作。
デリケートな心の病を扱いながら、暗く無く、同情を煽ってもいない。時に笑いを誘う展開で、穏やかに観客を包み込む。
恋愛に発展するのかと思えば、主人公の2人、藤沢美沙(上白石萌音)と山添孝俊(松村北斗)は、最後まで愛すべき同僚で終わる。
ある意味、とても不思議な物語なのだが、登場人物のどんなセリフにも、みんな共感できて、納得できてしまう。
原作者、瀬尾まいこの魔法かもしれない。
何処かの地方都市かと見まごうような、東京の下町にある、栗田科学(株)という小さな会社。
従業員10名以下の家族的な社風は、普通の若者にとっては、ウザイ事この上ない環境だが、心の病を抱える2人、藤沢さんと山添くんにとっては、理想的な環境だ。(という事に、山添くんは、初めは全く気づいていない。)
誰に対しても感じ悪い山添くんと、発作が起きると別人格になり、言葉の暴力を振るう藤沢さんが、お互いの心の病を知った時から、物語は静かに動き出す。
2人はお互いの病を勉強し、相手を助けようとするのだ。
この行動は、衝撃的だった。
普通は、自分の苦しさや、周りにわかって貰えない悔しさを愚痴り合い、
“何で自分達だけこんな目に遭うの?”と嘆き合うものではないか?
ところが2人は、
“自分の症状を治す事は出来ないけど、相手を助ける事はできる。”
と、些細な優しさと手助けのキャッチボールを始めるのだ。
“移動式プラネタリウム”のイベントで、2人の仕事は成功し、お互い、次のステップへ進んで行く。
これといった派手な展開も無く、事件も起きないが、誰もが穏やかな心地良い”何か”に包まれて劇場を後にする。
何故か?
登場人物の中で、誰1人悪い人間がいないからだろう。そして、誰もが皆、苦しみを抱えているからだろう。
現実では、そんな事はあり得ない。
心の病は、日本ではまだまだ理解されていない。
本作の栗田科学(株)の社員さんは、全員優しさに満ちていたが、実際は、病気に対する無理解から、嫌味やいじめの嵐に会うのが現実だろう。
だからこそ、原作者、瀬尾まいこは、監督、三宅唱は、理想郷として栗田科学(株)を作った。
本作でも、横軸として”自死家族の会”が出てくるが、日本では毎年2万人の自殺者がいる。交通事故の死者より遥かに多い。
栗田科学(株)のような職場が増えれば、心の病に苦しむ多くの人達も、自分の居場所が見つかるかもしれない。
うつ病やパニック障害ほど知られていないが、心の病、”適応障害”のために、人生の歩みをかなり遅らされてしまった私の息子も、栗田科学(株)のような居場所が見つかればいいな!と心から思う。
最後になってしまったが、主役の2人の演技は見事だ。
2人の共通点は、新海誠監督のアニメ映画で、声優としての主役の仕事がブレイクのきっかけになっている事。
上白石萌音は、”君の名は”の三葉。
松村北斗は、”すずめの戸締り”の宗像草太。
2人の今後の活躍も楽しみだ。