田島史也

夜明けのすべての田島史也のレビュー・感想・評価

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
4.1
温かな助け合いのお話。

まず物語への導入が完璧。
物語世界を説明するために全てのショットが過不足なく機能しているという印象。藤沢が何かしらの病気を患っていることを序盤のシーンで視覚的に示し、その後PMSであると明かす。同様に、山添がパニック障害を患っていることは、メンタルクリニックという一言で暗示し、その後明示する。インタビュー動画の撮影として、栗田科学の説明がなされるのも綺麗だった。

このように、本作は徹底して必要なものだけを描いた。例えば、物語上重要性の低い山添の彼女との別れは極めて端的に描かれていたことを想起されたい。すなわち、ほとんど全てのショットが物語進行上の意味を持つのである。例えば、物語が進むと、職場の背景に掛けられたカレンダーの月が進んでいることに気づく。些細な要素ではあるが、これによって観客は物語の進行と現在地を瞬時に理解することが出来る。

だが、「ほとんど全て」と述べたように、一つだけ引っかかることがある。それは意味ありげに映された山添の室内に飾られたヨットのトロフィーである。この要素がどこかのタイミングで回収されるのか、と思っていたが結局最後まで何も起こらなかった。もしかしたら原作既読者に向けた要素なのかもしれない。謎だ。

本作では、PMSとパニック障害という要素から、宇宙の話題へと柔らかく結びついていく。キーワードは、「夜明けの直前が一番暗い」というイギリスのことわざだろう。

実は、宇宙とか夜明けとかが必ずしも明瞭に物語の内容とリンクする訳ではなく、あくまで移動プラネタリウムを実施するというコンテクストの中の一要素でしかないのだ。しかし、タイトルに『夜明けのすべて』とあるように、少なくとも主題の一翼を占めることは明らかだ。

藤沢は最初の会社をPMSの発作で簡単に辞めてしまう。会社も彼女を必要とはしていなかった。そして栗田科学に自分の居場所を求めた。しかし、PMSで迷惑をかけてしまい、申し訳なさからお菓子の差し入れをすることが癖になっていた。このお菓子が、自分と会社を繋ぎ止めていると信じていたのだろう。前の会社がそうだったように、栗田科学も自分の存在を必要とはしていないと、そう考えていたのだろう。そして山添もまた、パニック障害を発症したために元の会社にはいられず、栗田科学に来たものの、早く元の居場所に戻りたいと嫌々仕事をしていた。

そんな中、移動プラネタリウムという仕事を通して、藤沢は自分の役割を見つけ、会社に必要とされていることを知り、山添は会社の中に新たな自分の居場所を見つけていく。特に山添の変化は本作の軸であり、どら焼きを配ったり、栗田科学のユニフォームである作業着を着たり、亡き社長の弟に日本酒をついだり、と、その行動の変化が象徴的に示した。このような変化の背景には、彼自身がPMSの藤沢を知ろうとしたことで、他者理解の精神が芽生えたからであると考えられる。何気ないワンショットも、彼の変化のきっかけとなり、その結実として移動プラネタリウムの成功があるわけだ。だからこそ、それは紛れもなく彼らにとっての夜明けであったのだと思う。

そして藤沢も変化する。物語の最後、彼女は自分の意志で転職する。以前のように消極的理由により、辞めさせられるような格好ではなく、自分の意志でだ。そこに大きな成長がある。彼女は辞表を提出する際、この会社にいられて幸せだったと語った。それまで、暗闇の中にあった彼女の人生が、この会社での日々を通して変わり、前向きに自らの人生を決断したのである。夜明けの直前が最も暗い。PMSを発症して以来の暗闇に一筋の光が差し込み、自らの力で明かりを灯す。転職する際に、栗田科学での自分の仕事を堂々と話す姿、そして移動プラネタリウムを紹介する姿には、もはや自信と存在意義を喪失したかつての面影はなかった。

ありふれた零細企業の何気ない物語ではあるが、だからこそ万人にとって身近な物語となり、エンドロールの一日の始まりは確かに希望に満ち、夜明けそのものであった。栗田科学の社員の多くは、会社の良さを答えられなかった。それはつまり、当然の如く夜が明けるように、当然の如くその場所に集まるようなものであることの証左である。当人たちにとってそこは特別な場所ではない。しかし、そう思えることが実は特別なのだと気付かされる。

人間の都合とは関係なしに、日が登り日が落ちる。そんな当然のように鎮座するこの世界の節理を掬い上げ、宇宙の話と結びつける。さらには栗田科学の在り方とも結びつく。一見して関係の無いような全ての要素が、どこかで繋がっている。

ところどころ笑えるシーンもあった。髪を切るシーンがお気に入り。自然体の演技が映えていた。

あと、藤沢と山添が恋愛関係に発展しなかったのが良い。あくまで助け合う関係であり、仲間である。そんな二人の関係性がとても温かかった。

追記)
フィルムっぽいなぁと思っていたら、そういう編集じゃなくて本当に16mmで撮っていたとは。。いつかフィルム上映して欲しいなぁ。色調とかノイズとか、作品の温かな雰囲気にピッタリだった。


映像0.9,音声0.8,ストーリー0.9,俳優0.9,その他0.6
田島史也

田島史也