やまもとしょういち

哀れなるものたちのやまもとしょういちのレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
4.2
胎児の脳を移植された成人女性のベラは、「冒険」を通じて身体的快楽、知的/精神的快楽を獲得していくことで、ベラ自身を、女性という主体を「発見」していく。つまり、この物語は、女性の「社会における自由」、身体の自由(リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)を含む「個人の自由」を取り戻すことをテーマに置いていることが明確に示されている。しかしそもそも女性性も女性も、ホモサピエンスという種が誕生したときから存在していたのだから、「発見」という表現には語弊があって、男性優位的な社会の仕組みそのものと同時に、女性の主体性をベラは「認識していく」「自覚していく」という見方のほうがより正確だろう。

原作は未読だが、おそらく19世紀の社会を舞台にしているような描かれ方からも、さまざまなタブーを犯しながら成長していくベラを通じて宗教と科学のあいだにあるコンフリクトを描いているようにも見ることができる。白人男性社会が設定した宗教観や社会規範を逸脱するベラは、その生まれからして禁忌そのものなわけだけれど、ベラの冒険を通じて、観客は男性優位的な社会の仕組みを維持することと、タブーを犯して社会と個人を変革していくことのどちらが「正しい」のかを考えさせられる。

本作は、男性優位社会の象徴ともいえるアルフレッドを強制的に変革することによって、後者の「正しさ」を描いてみせる。物語としては爽快感もあったけれども、実社会に置き換えたときにかなり過激な結末であったことを考えさせられる。『Poor Things』という原題からも同じようなことが読み取れる。当初はベラを「poor」なものとしていた物語が最終的にアルフレッドを「poor」なものとして描いているように、本作は男性優位社会、保守思想に対する強烈な批判でもあったのだろう。

長い歴史のなかで女性の置かれてきた状況を踏まえれば、こういった物語がいま映画として提示されることに必然性もあるし、白人男性社会、あるいは家父長社会の反省という点から見て全面的に支持するのだけれども、「私たちのどのように変わっていけるのか」という点からはかなり考えさせられるし、実際にそこが個人的には本作のユニークな点であり、非常におもしろい点だった。と、シスヘテロ男性の私は思った。

また音楽も「規範からの逸脱」という作品のテーマと同期しているようにも思えて(ピッチの狂った調子外れの音、グリッドにとらわれない揺らぎのあるリズムなど)、エンドロールには無意識的にものすごく感動させられた。あとは単純に、ヨルゴス・ランティモス監督の美意識が反映され尽くしたかのような映像のユニークさに心を奪われ続けた。