田島史也

窓ぎわのトットちゃんの田島史也のレビュー・感想・評価

窓ぎわのトットちゃん(2023年製作の映画)
4.4
暗い時代を照らすトットちゃんの日常

原作を読んだことがなかったため、ほとんど前情報なしでの鑑賞。予告編を観た限り薄っぺらい友情物語なのかと、あまり期待せずに観に行ったが、結果的にここ1年で最も心に響くアニメ作品となった。

なんと言ってもトットちゃんが魅力的。トットちゃんというキャラクターに愛着を抱いた瞬間、既に私は本作の虜になっていた。

登場するもの全てが愛らしく、温かい。とりわけトモエ学園という空間や、愛情に溢れた小林先生、ヤスアキくんを気にかけるトットちゃん。彼らの優しさに包み込まれるようにして、本作全体が温かな空気を帯びているようだった。

しかし、ただ優しく温かいだけの作品ではないという点が本作の核心的なところであり、老若男女全ての人の心に響く所以である。というのも、本作の時代背景は第二次大戦へと向かおうとする不穏な時代。厳しい時代に突入する中で、それでも信念を曲げない大人たちと、そんな大人たちに守られ優しい心を育むトモエ学園の子供たち。戦争により日常が崩れていく中に、彼らの牧歌的な空気感が演出されることで、象徴的なイメージとして浮き彫りになる。トモエ学園の子供や親は、比較的上流階級で、世間的な常識からは外れる人々である。故に、大衆に迎合しない反戦的な思想を有しており、異端と扱われてもおかしくはない人々なのだ。しかしだからこそ、戦争に批判的な本作の主題に即しており、一貫性を得た。

それだけでなく、トモエ学園の描写や時代考証に関して、有識者に知識を仰いだため、虐げられた異端の人々によるマジョリティへの抵抗というようなありきたりなファンタジーにはならず、戦争の時代のある空間を無作為に切り取ったようなリアリティともっともらしさを獲得した。戦争を正しくリアルに描写したことで、登場人物たちの温かさが際立ち、物語中に繰り広げられる牧歌的な一連の出来事の意味が創出される。私個人的には、本作の最も褒められるべき点は、徹底的に戦争を描いたことだと思う。戦争に向かう人々の様子と、戦時下の苦しい様子が描かれたからこそ、美しい主題が結実した。

「トモエ学園良い学校〜入ってみても良い学校〜」のシーンは最高だったし、それを聴いて小林先生が静かに涙を流す描写も良かった。終始、小林先生の愛が溢れていたし、個性を尊重するトモエ学園の方針にも彼の想いが詰まっていた。これほどまでに優れた教育者がこの世に存在したのか、と驚愕した。小林先生の声優を務めた役所広司の演技がまた最高。小林先生の理知的で温厚篤実な雰囲気を見事に演出してみせた。役所広司に限らず、本作の声優陣は素晴らしかった。一切の違和感なく、全ての声優がその役柄とマッチしていたように思う。

あらゆるシーンが魅力的な本作だが、観る人を包み込む要因として、音が大いに機能していることについては触れておかねばなるまい。本作の音は素晴らしかった。沢山の音が重なり合い、まるで音楽を奏でているようだった。映像は一方向から与えられるものであるが、音は空間全体から作用する。そのため、映画への没入体験は音から生まれると言って良いのだが、本作はその点で完璧であった。

作画も良いのだ。アニメというイデオロギーに毒された観客をはっとさせる、独自のタッチ。もっとジブリとか新海誠とかそんな風な大衆路線に即した作画にもできたはずである。ただ、あくまで本作はトットちゃんの世界を尊重し、大衆映画的な利点を放棄してまでもその世界を守った。この徹底具合と、アニメへの挑戦が、本作の非凡な点であろう。作画と音が見事にマッチし、そして時折差し込まれる全く性質の異なるアニメーションによって生み出される多彩な表現により、本作のアニメーション作品としての地位が決定的なものとなった。

唯一、ヤスアキくんの死をヒヨコの死と重ね合わせる描写だけは気に入らなかった。というのも、それまでのコンテクストの中でヒヨコの死というのはさほど重要ではなく、それが何らかのメタファーとして機能しているわけでもなかったのだ。突然ヤスアキくんの死と共に重なったことで、観客はヤスアキくんの死よりも、ヒヨコの死に意味を見出そうとしてしまうわけだ。それらを結びつけることは本来必然的なものではなく、蛇足であったように思われる。

しかしながら、これほどまでに、ストーリーや構成、作画、音などのあらゆる要素で魅せることのできる作品はそうそうない。素晴らしい作品だった。


映像0.9,音声0.9,ストーリー0.9,俳優0.9,その他0.8
田島史也

田島史也