ベビーパウダー山崎

水の中でのベビーパウダー山崎のレビュー・感想・評価

水の中で(2023年製作の映画)
4.0
字幕もピンボケにするべき。
誰もが撮りそうな「海と自主映画」。凡庸でありふれた表現だが、ピンボケ一枚かますことによって、透明な世界は濁りだし、新たな映画が不穏に蠢き始める。ホン・サンスの切り口、単なる仕掛けの映画で終わらせない隙のなさ。作品を量産しているが、身も心も削っているのが伝わってくるから真剣に向き合える。
視界は澱み、だからこそ耳で聞くことが映画にとって重要になっている。深夜に聞こえたという大声、ゴミを拾う女性の話を聞きに行く監督、そして、あの失われていた歌声。
目撃したリアルを、わざわざ映画にして「反復」する、これこそホン・サンス。酒に酔い、感情と欲望がだだ漏れになるいつもの関係性はない。そこにあるのは、ただ漠然とある孤独。ホン・サンス映画に漂う孤独は死の匂いでもあり、あの海に入っていった表現者はそのあと、どうなったのか。ピンボケの風景に溶け込み、産み出された映画の代わりに存在は消えていく。歌を使わせて欲しいと電話した、あのときに決意は固まったのではないか。
苦悩や哀しみは靄がかかったかのように見え難く、創作の純粋さはその不確かな中にしかない。ある名もなき表現者の遺作。