スナフ菌

PERFECT DAYSのスナフ菌のレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.6
僕の心に永遠に在り続けるであろう平山さん。


 本作はスカイツリーの下町でトイレ清掃員の男、平山さんの生活をドキュメンタリーチックに捉えている。彼の生活は一見、淡白で定型化していて、普通の人生である。

 近所のばぁさんが路上をほうきで掃除している音で目覚め、髭を剃り、顔を洗う、ツナギに着替え、家を出る。家の前の自販でコーヒーを買って、車に乗り込む。オールディズのカセットテープを流し、仕事場に向かう。
 普通の映画ではカットするであろうルーティンを淡々と映していく本作の魅力はなんと言っても役所行司の表情であろう。毎日の生活の中で彼が出会う「小さな変化」。そんな小さな変化に気づき、幸せに満ちた表情を見せる平山さん。
決して経済的に、または物質的に豊かではない彼の生活はまさしくperfect daysに見えてくる。
そんな平山さんに日常の中の些細な幸せの尊さに気づかされる。

 そんなperfect daysを描く本作のラストは役所行司の顔アップ長回し。涙を流し、悲しそう、、、と思えば笑顔をこぼし、幸せそう?なんとも言えないラストの表情は見事としか言いようがない。このラストの表情にはperfect daysに隠された複雑性が垣間見える。

 映画の後半で、彼の出生が少しだけ明らかになる。どうやら割と裕福そうな家族と半ば縁を切っていて、逃げるように今の生活を選択してそこにいるようだ。選択してその場所にいるというのが重要な点である。
 私は本作の重要なテーマの一つに人生の加害性みたいなものがあるように思う。一見、無害で独立した大人のようにみえる平山さんだが、自分の家族の元から離れるという選択をしている。その選択の裏には残された妹がいる。妹とは違う世界に行ってしまった平山さんに罪悪感があるのではと私は思う。

 平山の妹は娘がいる。ニコという名の姪が平山さんの家を訪ねてきて、平山さんの生活を体験する。彼女は平山さんの家にあるとある本を読み始める。11の物語の中のとある登場人物にシンパシーを感じる彼女、その本で描かれる人物は親からの抑圧に苦しみ悲惨な最後を迎える。
この場面からニコは抑圧的な家庭の中で悩み苦しんでいる事がわかるが、それはおそらく過去に平山さんが感じていたことと同じなのではないかと思う。平山さんの妹がニコを迎えに来るシーンで、ニコは平山さんに対してSOSを出していたのではないかと思う。彼は「いつでもここに来ていいから」と言ったふうに彼女に帰るように促す。平山さんは積極的に誰かと関わったりはしない。そんな彼の選択によってニコの今後の人生がどうなっていくのか、、、。
 
 私は平山さんを責めるつもりは全くない。むしろ共感を強く覚えるし、憧れすら覚える。生きていくと誰かを傷つける。これはニコと妹だけではなく、同僚のタカシを探していた自閉症の青年、石川さゆりが演じるスナックのママ、タカシが連れてきた若い金髪ショートカットの女性。みんなが傷つき傷つけ合い、それでも生きている。これは人生についての物語である。だからこそ私は平山さんを心の中にずっと留めておきたい。
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