田島史也

瞳をとじての田島史也のレビュー・感想・評価

瞳をとじて(2023年製作の映画)
3.5
私は未だ、瞼をとじて。

『瞳をとじて』とはそういうことなのか、と。ラストのタイトル回収が素晴らしかった。

木々が芽吹き、寄せ波と引き波が交互に繰り返し、ほのかな香りと、爽やかな風が吹く。地球が呼吸をするように、本作も呼吸をする。ゆるやかなストーリーと、豊かなロケーションと、音響の美しさが本作を単なるナラティブのための装置から解き放ったのだろう。作品からこれほどまでに自然を感じ、全身を巡る流れを意識させられたのは、これが初めてである。

人生の終わりに、自然へと帰化していく人間の諸相が発露し、全てを受け入れて瞳を閉じるまでの様が暴露された。そんな感覚である。

ギャスパーノエのVortexも、人生の終わりを扱ったという意味で近しいように思うが、描き方が決定的に異なった。ノエは人生の終わりに訪れる家族の様々な問題を生々しく暴露したが、ビクトル・エリセは抽象的かつ死を伴わずして人生を縁どることを試みた、という印象だ。

エリセは83歳を迎え、31年振りの長編製作を通して、自身の人生と向き合った。そう考えれば、本作はエリセによる自己反省的な作品であり、集大成として自身の映画人生に対して瞳を閉じる過程であったのだ、と推察される。

私はまだ瞼を閉じることしか知らない。瞳を閉じるとは何たるか。その極地に少しだけ触れることが出来たように思うが、しかしこの世界を興じられるのはまだ当分先らしいことを悟った。


映像0.8,音声0.9,ストーリー0.7,俳優0.8,その他0.3
田島史也

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