これは怖かった! 劇場で黒沢清作品を観るのは『スパイの妻』以来だったので割と久々ですね。しかし黒沢清は個人的には結構好きな監督ではあるのだが、実は2010年代以降は以前ほどには注目しなくなってしまった。多分俺と同世代の映画好きなら多くの人は『CURE』で黒沢清を知ったと思うんだが、それから『回路』を経て『叫』くらいまではゾクゾクくるような気味悪い映画を撮っていて好きだったんだけど、なんかその功績が認められて巨匠的ポジションへと昇っていくにつれて逆に俺にはあんまり響かなくなってきたんですよね。2010年代の映画でも好きな作品はあるけど明らかに90年代とか00年代と比べたら違う雰囲気の作品になってるもん。最初にタイトルを挙げた『スパイの妻』も別につまんなくはないけどふ~ん、くらいの印象だったんですよね。ちなみにセルフリメイク版の『蛇の道』は未見だけど、近所の名画座でもうすぐやるので近い内に観る予定です。
まぁそんな感じで黒沢清は俺の中では昔は良かった枠の監督になってしまっていたのだが、感想文の頭に書いたように本作『Chime』は良かった。素直に怖かったですね。
お話はランタイム45分の中編なので特に順序だてて説明するほどのことは起こらないしビックリするようなオチもない。舞台は自分を一流シェフだと思ってる料理人が、しかし一流レストランには雇われなくて糊口をしのぐためにやっているお料理教室で、その教室にいる変な生徒が「頭の中にチャイムが聞こえるんだよ!」と意味不明なことを言い出して自殺、しかしそれ以降、そのチャイムの音というのが主人公やその周囲に伝染していき…という感じのもの。
一応最初の自殺の件で刑事とか出てくるけど黒沢清作品にありがちなように別に事件の真相が明らかになったりとかはしない。これが他の監督作なら霊的な何かしらに気付いて何か有名な霊能者に助言を求めて…みたいな展開になりそうだが本作は黒沢清作品だし何より尺もないしということでひたすらに狂気に飲まれて狂っていく人間の描写だけが描かれるんですよね。それがいい。それが凄くいい。正に90年代から00年代半ばくらいまでの黒沢清作品って感じで、正常と異常の間に境界線もなく地続きになっている感じが何の説明もなく描かれ続けて薄ら寒い不安感に襲われるのである。
これだよな! これ! って思いましたよ。俺が好きな黒沢清はこれだよ。監督本人にとっては何でそんなこと言うの…という感想かもしれないが、この人多分低予算で撮った方が面白いもの撮るよ。なんだろうな、作り込まれた画としての完成度が高いシーンよりもその辺の住宅街とか線路沿いの歩道みたいな場所の方が怖さが引き立つんですよね。本作でも終盤で主人公が自宅の近所を部屋着のままうろうろするシーンがあったけど、あれそのまんま異世界とかに紛れ込みそうで怖かったもん。日常と非日常の間に境界がないという怖さはそのまんま、実は正常だと思ってただけで結構前から自分は異常な世界にいたんじゃないだろうかという想像をも生んで、それがまた不気味で気持ち悪いんですよね。主人公の息子がご飯食べながら急に「ハハハ!」って笑って誰もそのことについて言及しないのとか怖いんですよ。
まぁ映画としては中編なのもあってよく分からんままで終わるんだけど、それも不気味さがあって面白かったな。個人的にはこういう長編をまた観てみたいんですけどね…。なんか最近はフランスのえらい賞とか受賞してたのでもっとちゃんとした映画を撮るのかなぁ。まぁそれはそれで観るとは思うけど俺的には黒沢清監督には90年代のあんま売れてなかった頃のマインドを忘れないでほしいですね。
面白かったです。