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ナポレオンのBATIのレビュー・感想・評価

ナポレオン(2023年製作の映画)
3.6
これだけの金と技術と人員をかけて作ろうとしているものは大作というよりも佳作に感じるのは私だけだろうか。そこが何とも贅沢に感じる作品。コミュニケーション能力に乏しいナポレオンはジョセフィーヌとの繋がりに執着している。大いなる野望を抱えようとも数多の戦場で幾千の兵を犠牲とし幾万の屍を積み上げようともその心はどこか虚。愛する女との絆を世界と同じかあるいはそれ以上に欲していた。本当に求めるものとの優先順位に引き裂かれている姿はどこか哀しい。

戦場の大砲で四散する人体。銃弾を浴びて倒れる兵隊。湖に馬と共に沈みもがく騎兵。広大な大地と無限の空の下で消えていく生命を見つめるナポレオンの視点は「戦(いくさ)とは兵の数というリソースを惜しみなく注ぎ込むことであり、いかに効果的に相手のリソースを削るか」にある。その視座とはそのままリドリー・スコットのものであるように見える。何を諦め何をどこまで得るのか。映画製作に関するスタンスでもあり、リドリーの人生観でもあるのではなかろうか。「エクソダス:神と王」以降の作品には単なる神の視点というだけでなく、ある部分としての感情が凍結してしまった、その眼(まなこ)で世界を見ているような感触がある。

私はリドリー・スコットって実はショットの人ではないと思っていて、状況に対して人間のエモーションが化学反応を起こす瞬間を収めるのに特化して優れている映像作家だと感じている。本作もそうで、戦場においていつもナポレオンの胸中にあるのは戦場にはいないジョセフィーヌだし、終盤になってそのジョセフィーヌの存在についてが映し鏡のようにナポレオンの指揮そして戦局として現れていく。これはあからさまなメタファーではなく「そのように見える」レベルで、ベテランならではの演出だった。

もちろん起用したホアキン・フェニックスが表す虚無性によるところは大きいのだけど、そういう人を配置する力はいつもリドリーはすごいと思う。まぁやっぱり大作レベルのリソースが注ぎ込まれている作品なのにここまで「名画のふりをしない」、作品が作れるのも凄いことだと思うんですよね。それは資本がアップルだからというのもあるのかもしれませんが...。
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