BATI

ナショナル・シアター・ライブ 2024 「ディア・イングランド」のBATIのレビュー・感想・評価

4.6
私がイングランドサッカーファンであることを差し引いても面白かった!マリエル・ヘラー監督の「幸せへのまわり道(A beautiful day in the neihborfood)」を思い出させる、男性のセルフケアと相互補助をテーマとした舞台だった。1966年のW杯以来国際大会で優勝できないイングランド代表。PK戦にはすこぶる弱い。監督にユース監督から引き上げられたサウスゲート。これだけタレントを擁しているのに勝てない理由はメンタルの問題と考える。臨床心理士を招聘してメンタルのケアを図る。向き合うのは優勝していないのに優勝できると錯覚する認知の歪み、そして心の弱さに向き合えていないことと考える。誰もが弱さとトラウマを抱えている。それは1996年に選手であったサウスゲートがPKを外していらい心に深く宿る傷と向き合うプロセスともなるのだった。

NTL観るの初めてだったけど、こんなに演出が機材や照明含めて凝っていて休憩挟んでも三時間全く退屈することなく楽しめた(それは私がイングランドサッカーのこと知っているからはあるかもだけど)。

ホモソーシャルな世界である中で女性臨床心理士が一人飛び込むことで起きるコーチらの「否定するわけではないが」で当てこすられるマスキュリニティ。選手たち同士で起きるホモソーシャルな弄り。色んなことを「変えていこう」とするサウスゲートもEURO2020を前にして優勝という先を観てしまったが故に視野が狭くなりマチズモに身を落としていく。それは優勝することで過去の自分のトラウマを越えたいということからきている。

実際にPK戦はメンタルが平静でないと失敗する全く別の競技で、イングランド代表のポールをプレースしてから蹴るまでの平均時間が3.6秒と短いのは不安から逃れたい、プレッシャーからの恐怖であると解説していたのは慧眼だった。不安を支配するとは自己を常に乗り越えていくことで、それに終わりはない。臨床心理士のピッパ自身も「私は常に努力している。」と語るシーンもあり、私自身の不安や対人恐怖に対する価値観に新たな視点が持ててとてもよい機会となった。

そしてEURO2020といえばサカやスターリングへの人種差別問題が出てくる訳ですが、この舞台ではヘイトのメカニズムについては語らない。サカの「I'm talking to majority of England people.」に始まる「良識ある人々の愛で僕たちは勝つ」で今はそれでいいのではないか。

サウスゲートは昔からマッチョさのない選手で、代表監督になってからもサッカーが面白くないと色々と批判されているんですが、ジョセフ。ファインズはとても複雑な彼の心境を表していて素晴らしかったですね。マチズモを捨てようとする彼もまた不安に直面したときにマチズモの剣をとってしまう、それは矛盾ではなく本能的な反射なのだということを描いており、ではそれをどうハンドルしていくのかを描いた舞台でした。臨床心理士のピッパ。グレンジ演じたジーナ・マッキーも素晴らしかったですね。こんな風に心の恐怖と世界と対峙したいと思える。

ハリー・ケインのことはイジりすぎなんじゃないかと思ったけど(YouTubeで探すと結構イジられてるんだよね…)、とても愛すべき人間に見えて(アーセナルファンの私でもケインが好きになってしまいそうになる。いかんいかん!)、サウスゲートとの「君は他の人には持っていないものがある。その静けさを他のみんなも感じている。誰の真似もしなくていい。君であればいい。」のあたりよかったですね。

まぁ実際の人物しかもリアルタイムで進行中のアスリートたちのことを戯曲にすることに観る前は懐疑的だったんですが、テーマがテーマだったんで大丈夫でしたね。実際の人々もこうだと少し方向づけられた目線を向けてしまいそうになるけど。でもサウスゲートは実際にいい人。
BATI

BATI