白瀬青

ナポレオンの白瀬青のレビュー・感想・評価

ナポレオン(2023年製作の映画)
4.0
市民の熱狂するフランス革命、しかしその後に続くのは人心を掴むための喜劇めいたギロチンショーばかり。
そこに英雄が現れる。ナポレオン・ボナパルト。
しかし彼もまたギロチンの代わりに大砲でバサバサと命を刈り取るだけのどうしようもない小物にすぎなかった。

私たちは二時間半もの長時間、このつまらない男の伝記を見せられることになる。
戦の才能(というよりはただただ冷淡さが目立つ)はあるが、何の野望も大局の展望もなく、命じられるまま粛々と転戦しては馬鹿の一つ覚えのように兵たちを大砲で吹き飛ばして凱旋し、帰還して平和な間には奔放な妻のジョセフィーヌとの愛欲と嫉妬で頭がいっぱいになるつまらない男。

その代わり、異常なまでに映像が良い。
細やかな考証をもとにしてVFXではなく実写にこだわった部分も多数ある美術は見ごたえがあり、
迫力の合戦シーンだけ取れば間違いなく名作である。

ロングの広角レンズに作り込まれた戦場の全景が収まり、その中で時代考証にこだわった陣形や行進で歩兵騎兵が動けば、それはもうゲーム盤の駒のようにしか見えない。
無慈悲な指揮官の目線で淡々と大砲が放たれ、人体がゴミのように吹き飛ばされる有様は否応でもナポレオンの軍師性とゲーム的な高揚感を高めてしまう。そんな大層な戦略なんかないくせにな!(悪口)

特にアウステルリッツの戦いは圧巻だ。
逃げようとして転倒した歩兵が地面をまさぐるとそこには氷しかなく、今自分がいる場所が巨大な湖なのだと気づいて震える手から始まり、粛々と用意される大砲、淡々と打ち込まれる大砲に氷が割れ、馬が割れ目に滑り、血の塊となった兵たちが水底に落ちていく水中映像のシークエンスは戦争映画屈指の名シーンだろう。

映画の画としては地味だがこの時代の合戦のやり方を丁寧に描写したワーテルローの戦いもいい。

つまり戦争シーンしか見ごたえのないつまらない長尺映画であり、よくこれを配信前提の作品として出したよな一周回って肝が太いわというのが正直な感想である。
しかしだからこそこれを見ていると不満と退屈の中でギロチンと戦争にだけ高揚していく気持ちを追体験させられることになるのだ。ある意味ではこれが映像世界に引きずり込まれているということで、リドリー・スコットとナポレオンの見事な戦略勝ちで物量勝ちなのだ。悔しいけれど。
白瀬青

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