ヨーク

ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディのヨークのレビュー・感想・評価

4.2
これは良かったですねー。面白かった! しかし正直に言うとアレクサンダー・ペインという監督は『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』しか知らないのであんまり作家論的な方向から観ることはできないしそういう感想も書けないのだが、しかしこの『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』は出来が良いばかりか、かなり好きな映画でしたね。どっちかというと客観的な部分よりも主観的な部分でこれ好き! って言いたくなる映画でした。同監督の作品で俺が唯一知ってた『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』がそうであったように何か与太話というか実際過去にあったことにちょっとだけ盛って喋ってる感みたいのがあって、逆説的だけどそこに真実性のようなものがあるって感じがとてもいいんですよね。
映画の内容はタイトルに、置いてけぼりのホリディ、とあるように休暇の映画である。バケーション映画というのは洋の東西を問わずに人気のあるジャンルではあると思うが本作はこれまたタイトルに、置いてけぼり、ともあるようにバケーションに行けなかった人たちの映画なんですね。時は1970年のクリスマス休暇を目前とした名門らしい寄宿学校が舞台で、当然みんなクリスマスや新年を迎えてそわそわが止まらないのだが3人の主人公である融通の利かない嫌われ者の頑固教師は同僚から頼み込まれて留守番役になり、これまた勉強はできるが調子乗りで性格に難があり周囲にうまく馴染めない問題児の生徒も親の都合で旅行がキャンセルになりこれも居残り、もう一人はベトナム戦争で同校出身の息子を失った寮母さん的な料理長のおばさんがどこにも行く当てがないので休暇中の学校に残ることとなる。この孤独な3人の交流が描かれる…というのが映画の内容です。
ま、今書いたように本作は普段と違って全く人がいなくなった学校の中に取り残された3人(厳密には用務員のおじさん的な人もいるが、まぁメイン級ではないので3人ということにしておく)それぞれのささやかな触れ合いとそれによる本当に微々たる変化を描いた物語なのだが、正直序盤はかったるいなぁと思いながら観ていた。というのも最初の30分くらいは6人くらいの生徒が居残りになって彼ら同士のやり取りなんかが描かれるのだが、そこが本筋にはあんま関係ない感じで別にカットしてもいいだろ…というかったるいシーンばかりだったんですよ。まぁ3人のメインキャラの中で生徒であるアンガスくんの立ち位置の説明とか彼の孤独感をより浮き彫りにさせるという意味はあるのだが、物語が中々本題に進まないのはちょっとかったるくはあった。
しかしタイトル通りに生徒が1人だけ置いてけぼりになってからエンジンがかかってガンガン面白くなっていった。面白くなっていったのだが、何というかそう書いたばかりでこういうことを言うのもどうなのよとは思うけど本作での面白さってつまんなさと表裏一体みたいなところがあると思うんですよね。だってそもそもが楽しい休暇に行けなかった人たちのお話しなんだから、そんなの普通に考えたら面白いわけないんだよ。実際劇中でもそんなに劇的なことは起こらずに淡々とつまんない冬休みが続くわけだ。生徒が調子に乗って暴れたら脱臼する事件も起こるが良くも悪くもそれは大事件にはならずに教師と生徒の間で処理されることとなる。でもそこに生まれるものというのが、面白い事件でもなくつまらないだけの日常でもなく、そしてそのどちらでもあるという両義性を持って描かれるのである。そういうものをなんて言うかっていうと、人生だよなって俺は思うわけですよ。そんなに楽しくないけど楽しいこともある。基本的にはつまんないけどつまんなくないときもある。そういうことがメインの3人の関係性を通じて描かれる映画なんですよ。
で、それが最初に書いたように与太話感とか過去の出来事を盛って喋ってるみたいな嘘っぽいからこその本当さ(もしくはその逆)に思えて、何だか可笑しいなぁと思ってしまうわけです。ハナム先生が期せずして旧友と再会して見栄張っちゃうところとかまさにそんな感じで最高じゃないですか。そういうのしょうもないけど、誰もがそういうしょうもなさを持ってるし、だからこそそういう姿が面白く映るんじゃないですかね。
これはもういい映画だって言うしかないよ。メインの3人はちょっとした旅には出るものの基本的には日常の中にしかいない。でもそれが逆転の発想のような感じでつまらない日常の中にある風景を捉え直す旅になっているのである。休暇でもあり日常でもある、作中で描かれるそれがまさに人生そのもののようである。そして本作の最後はそういうつまらない日常に、いやそういう日常を維持するだけでその日常の中にあるワンダーさを忘れた人たちに非常にささやかではあるが中指を立てて終わるのである。
ハッピーエンドというにはほろ苦い余韻ではあるが、そこがまたいい映画でしたね。あと最後に唐突だと思われるかもしれないが、本作を観てあらゐけいいちの『日常』はやはり名作だと思い直した。面白かったです。
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