田島史也

52ヘルツのクジラたちの田島史也のレビュー・感想・評価

52ヘルツのクジラたち(2024年製作の映画)
3.5
特盛親子丼定食

要素がてんこ盛りだったなぁ。きなこの壮絶なバックグラウンドと、少年のバックグラウンドだけでもお腹いっぱいなのに、安吾のLGBTQ要素も入り混じり、それらを描写する上で「〇年前」を多用し、時間や空間が行ったり来たり。人が死のうとしたり、実際に死んでしまったり。衝撃的な出来事が起こりすぎて、一つひとつが軽くなってしまった印象。

一貫しているのは、声の届かない者たちを、52ヘルツのクジラの鳴き声が慰め、救いのバトンで繋がっていくというところ。ただ、その声の届かぬ者たちを描くために多くのシーンが費やされ、一見関係のないそれらのシーンを繋ぎ止めるために、クジラが媒材の役割を与えられた。そしてそのクジラを違和感なく本作に取り入れるために、きなこの祖母がクジラを見にこの村に来た、だからデッキを作ったという設定までラストにねじ込んだ。私的には、そこまでクジラにこだわる必要はなかったように思うし、無理矢理に馴染ませたから、かえって悪目立ちしていたように思う。

優れた映画とは、一見無意味なショットが、世界観を作り上げる重要なピースになるような、不完全なようで極めて精緻なしつらえの上に、盤石な土台を築くものだと思う。一方本作は、すべてのショットが重要で、そのためあそびというか余裕というか、そういうものはなかった。だから、映画全体の空気感ないし世界観に浸る作品ではない。もっと、ショットの余裕が生まれれば、より没入できたと思う。そのためには、原作から要素を減らすか、時間を伸ばすかといった、苦渋の決断を下さねばなるまい。

それにしても、杉咲花さんの演技はすごい。『市子』でも感じたけど、壮絶な人生を送る人間を演じるのがうますぎる。一つひとつの所作、表情、声色。そのどれをとっても、映画的リアリティを体現したような素晴らしいものだった。

ラスト、少年が「きなこ」と口にしたシーンは、鳥肌がたった。あれ以来喋らなくなった少年が、第二の人生を歩み出した瞬間。クライマックスに相応しい、「すごいもの」を見せてくれた。この演出と、少年の演技はなかなかに衝撃的だった。

要素が多いのも意欲的だから、とも言える。ここに、引き算の勇気が加われば、本作は間違いなく傑作だ。


映像0.8,音声0.8,ストーリー0.7,俳優1,その他0.2
田島史也

田島史也