柏エシディシ

アイアンクローの柏エシディシのレビュー・感想・評価

アイアンクロー(2023年製作の映画)
4.0
「夢と成功」の国アメリカの悲劇。
"鉄の爪"という呪いに掴まれ逃れられなくなってしまったのは彼ら自身であったのか。
ボクシングという競技が、その競技性ゆえに優れたドラマ映画を多数産み出す様に、華々しいショービジネスでありつつ、自らを鍛えながらも同時に激しく痛めつけ、何とかその束縛から逃れる様に苦闘するレスリングという競技もまた、美しくも残酷な物語を紡ぎだすのに相応しい映画的題材だ。
アメリカ的なマッチョイズムという呪縛が全てを破壊してしまう悲劇というテーマに、それでも最後の最後には残る家族愛、兄弟愛。思っていた以上に揺さぶられてしまった。
本作の主人公ケビンに、鍛え上げられた肉体に不釣り合いなぐらいなナイーブな面貌のザック・エフロンは見事なキャスティング。「ハイスクールミュージカル」の初々しさを憶えている身には感慨深い。
フォンエリック一家の演者すべて素晴らしかったが、個人的には、やはりジェレミー・アレン・ホワイトを押したい。
The Bear といい、本当に今観るべき役者だと思う。
時系列に物語が展開する有り体の伝記ドラマの様相ながら、毎回趣向を変えるレスリングシーンをはじめ印象的な撮影ショットを加えてくる監督の手腕も力強く、見応え歯応え十分。
今年のアカデミー賞ではほぼ無風であったが、個人的には今のところ今年ベスト級に好きな作品だ。

自分の映画好きに多大な影響を与えてくれた亡き父親は、実はプロレスも大好きで、幼少の頃、帰宅した父が晩酌のサカナにワールドプロレスリングを観ているのを隣で一緒に眺めていた記憶はある。
ただ人生を変えられてしまうぐらいにハマってしまった映画とは違って、大男たちがパンツ一丁でくんずほぐれつする姿にはあまり興味が湧かなかったのか、今でもこの手のものには、興味がない。我ながら不思議だ。
しかし、朧げながら"鉄の爪"アイアンクローとフォンエリック兄弟の名前と、その悲劇的なキャリアはわずかながら憶えていた。
劇中のTV中継の雰囲気の再現や画面越しに眺めていた「映画の国」アメリカの80年代当時の空気感と、父と子のドラマというテーマも相俟って、思っていた以上にこの映画に食らってしまったのは、そんな記憶の所為もあるかもしれない。
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