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カラフルな魔女~角野栄子の物語が生まれる暮らし~のlololoのネタバレレビュー・内容・結末

4.3

このレビューはネタバレを含みます

長く瑞々しく創作をし続けるには、美味しいお手軽ご飯をもりもり食べ、お洒落やお化粧をして外出し、社会的役割を担い重用され、それらを実現出来る知性と体力と財力を維持し、何より目の前の刺激を楽しむ心意気が必要なんだな…と思った。多分それって難しいしすべての人が叶えられることじゃないけど、そういう人が多い国って幸せそうだと思う。

角野さんの周りの人、下関の本屋さんもルイジンニョも監督もみんな、角野さんの類友で素敵な人たちに見えた。オシャレでチャーミングでいろんなものを面白がれる人たち。
アフタートークで監督が話していらした「何歳になっても心を動かして生きること」の大切さや楽しさをひしひし感じた。

笑えてお腹が空いてちょっぴり泣ける、素敵なドキュメンタリー。「誰にでも魔法は一つだけある」っていう言葉を信じたくなる明るい時間だった。


──以下、オンライン試写を見ながら書いたメモ。──


物語に終わりは決まってないけど、不思議なことに終わる。「どうして終わるのか」と聞かれるけど、わたしはキャラクターを愛してるから終わると思う。
キャラクターに面白い思いをしてもらって、私も一緒に面白い思いをして、カラスが泣くから帰ろうって帰る。
朝から晩までぶっ通しで書く。

マリメッコのピンクのウニッコマスクとかチェック柄のピンクのメガネかけてあんなに似合う人いる?
「派手なメガネかけてると、会った人がそっちに目が行く。メガネの話題に行くからシワが話題から外れる。」

布を買って同じ形のワンピースを作ってもらってる。可愛い柄が好きだけど若い人の服は入らないから。

金属アレルギーがあるからアクセサリーはプラスチック。たくさん持ってる。自分に合った身の丈のものが心地いい
気持ちがいい物でなければ文を書く時もボツ。自分の体に気持ちがいい物、が基準。

魔女の宅急便、本で読んでみたくなった。多分今の自分が読んだら泣いちゃうかもしれん。
宅急便は物を運ぶ。物は見えない世界を持ってる。作った人、持っていってと願う人の気持ちもある。魔女は世界を繋ぐ人。見えない世界を見える世界と一緒に運びながら、自分も一緒に経験する。

いい意味で類友なんだろう、角野さんのお友達もみんな瑞々しくてお洒落でチャーミングでキラキラして見えた。下関の本屋さんが話してた「大事にしてることが重なる」が生き方にも通じてるんだろうな。

考えて考えてあたるなぞなぞを考えるのが大事。考えても当たらないなぞなぞは失礼。

いたずら書きみたいな人生。やってみてつまらなかったらまたやって。

30年以上熱心な読む人だった。34歳のある日、ブラジルの子どもについてノンフィクションを書いてみないかと大学の時の先生から言われた。当時会ったルイジンニョ少年について書いたのがデビュー。
「ちいさなからだじゅうがピチピチと動いています」
24歳の新婚時代に夫とブラジルへ行った。馴染めなくて来たことを後悔したことも。
地面に降り立った途端に二人で暮らしていかなきゃいけないという現実。お肉屋さんでは牛の半身がぶら下がってて肝臓とかが置いてあって…。買い方も暮らし方もわからない、何を買いに行くにも繋がらなくてしょげちゃった。なんとか生きてかなきゃと思って締め切った窓を開けたら風が吹いて来て、「もしかしたらこの国で生きていけるかも」と思った。人間って不思議、自然の生き物。風に当たって外の音を聞いたり空気が動く中で人は生きているって思ったら。スリッパから靴に履き替えて出ていった。
それで偶然アパートで出会ったのがルイジンニョ。
サンバを踊るのを恥ずかしがってる時に、ルイジンニョ曰く。
「えいこ、コラソン(心)の音はえいこの音も僕の音も同じ。だから僕が歌えるんだから、えいこが歌えない踊れないなんてないはずだ」
色んな人が暮らしてるブラジル、何年まえから来た人もみんな一緒に暮らしてる。そういう国の子どもだから言える言葉。
ルイジンニョのお母さんに教わったトマトソースめっちゃ美味しそう。

専業主婦で焦燥感を覚えていた頃に作家デビューした。一人の人間として何もしていない、自分というものがない。でも自分を持っていたいという気持ち。
自分が生き生き楽しまないと物語も楽しくならない。子どもや人との関係もそう。
魔女の宅急便は娘さんが描いたイラストからインスピレーションを受けた。
子どもは命に変えても大事な人がいるという経験を与えてくれた。

娘さん曰く「執筆してからの母の方が、夢中になっちゃってあっち側の世界に行ったままなのをこっち側の世界に無理やり帰ってくるとなんかこう会話が噛み合わない」
「意図的に避けたわけじゃないけど母の本を読んだことがない。でも母が居なくなった時にまっさらな気持ちで本を読めるのは素敵だと思った」

戦後、何の情報も入ってこない、勝つと信じてた。締め付けられていて、戦争が終わって何もなかった焼け野原だけど自由だった。
もうあの生活に戻りたくない、自分というものがちゃんとした考えを持たないといけないと思った。

いつも自信なんてまったくない、一作一作書いても不安ばかり。「イコ・トラベリング」は2年がかりで4回書き直した。

88歳を「8つの双子」と言う。

新年の抱負は「面白いものを書けたらいいな。それまでの間、命をください。神様!」

「ねこぜ山どうぶつ園」の背中にタンポポが生えた亀のお爺さん気になる。

ルイジンニョを探そうと思ったけどどんな運命を持ってるかお互いにわからないから探していいのか考えてた。こんなおばあちゃんになっちゃって…。
(来日したルイジンニョと再会することに。)思い出ってのは過去のこと、それが未来で待っている。
再会して空港ですぐ軽く踊るルイジンニョ、「(60年ぶりに再会して)怒りを覚えます、こんなおじいさんになってしまった」って角野さんと同じこと言っとる。
(ルイジンニョの奥さんめっちゃ笑顔で可愛いな…。彼女もまた角野さんの友達みたいに見える)
タンバリン持参してるルイジンニョかっこよ。
まるで息子のように可愛がってくれた、でもこうして永遠に残る形にしてもらえるのは思わなかった。家族の団欒を象徴していて感動的。人生の終わりにご褒美をもらった気分。
角野さんもルイジンニョに会わなかったら本を書かなかった。きっかけをくれた人。

ルイジンニョ、角野栄子児童文学館行ったのか!!!だから来日したのね!!!胸アツすぎて泣ける。
エントランスを見たルイジンニョ「まるで影絵の世界に入り込んだようだ、素晴らしい」
娘のリオさん(文学館のアートディレクターも勤めた)、リオデジャネイロにちなんでつけられた名前だったらしい。
階段上がるの割とサクサクなルイジンニョ、私ももうおばあちゃんだからゆっくりと言う角野さん。
子どもが集まって本を読む姿が思い浮かぶよと言うルイジンニョ…。
「夢が叶った気分はどう?」「とても幸せ」「僕の気持ちも想像してみて。自分がこの世界観の一部だなんて!」「驚いた?」「はい」
昔と変わらず核心をついてくるルイジンニョ…!
「この再会は奇跡、シャーロック・ホームズを生き返らせない限り。その題名は『ルイジンニョはどこにいる?』
作品の登場人物一人一人の中に生きた栄子が入っていて、読んだ人やここを体験した人は栄子の一部を持って帰るんだろうね。とてもすてきだ。
本当にありがとう、また来るよ。本当だよ、また来るから」
「元気でいなくちゃだめよ」
「病気にも勝つよ」
「私100まで生きるから」
「僕はそこまで生きられないと思うけど」
のやり取りがなんかもう泣けた。二人とも100まで生きてくれ…。
ルイジンニョに見せられただけで、児童文学館建てられたのめちゃめちゃよかったじゃん…。

角野さんの周りの人、ほんと彼女とよく似ている気がする。「大事にしてることが重なる」ってことなのかな。

魔法とはその人の喜びを見つけること。見つからない人もたまにいる。でも見つけたら諦めないで食いついて。書くってことがこんなに面白いって見つけた、それから私はブレなかった。書くことが大好きで一生続けようと思った。それが魔法。だから誰にも一つだけど魔法はある。幾つもあったら魔法じゃなくなる、何でも叶えられたらつまらないでしょ。
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