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007/私を愛したスパイ 4KレストアのStroszekのネタバレレビュー・内容・結末

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このレビューはネタバレを含みます

1977年作品。

諜報員っぽい男性が女性とベッドで睦み合う中、無線機から「トリプルX」と呼び出しがかかる。男性ではなく女性が「トリプルXです。了解しました」と応える。諜報員は彼女だったのだ、という序盤に、新しい時代の到来を感じる。

男性の方はオーストリアで任務とのこと。

任務でオーストリアに行っていた007も呼び出される。デジタル時計から記録紙が出力されるというデジタルなんだかアナログなんだかよく分からない通信方法で。

追手に追われて雪山の崖から飛び降り、ユニオンジャック柄のパラシュートで脱出するボンド。

ボンドの追跡行で死んだボルゾフは、冒頭に出てきた女性スパイ、アマソヴァ少佐の恋人だった。少佐を演じる女優バーバラ・バックが、ソ連の軍人とは思えないエキゾチックな顔立ちと肌色である。1947年生まれらしいので、1927年生まれのロジャー・ムーアとの歳の差は20歳。ほぼ親子ほど歳が離れている。
 
水中の豪邸に住む今回の悪役マックス・カルバが、裏切り者として愛人を鮫に食わせ処刑する。彼の部下がジョーズ。『ムーンレイカー』にも出てきた悪役だ。再生環境トラブルにより、『ムーンレイカー』(1979)を先に観たので、「ジョーズったら先にこっちに出てたのね…」と驚いた。鋼鉄の歯をリベットで留めているらしい。

カイロに移動するボンド。出会って5分も経っていない女性がボンドとキスを交わし、換気口の穴からボンドを狙う銃口に気づくと身を挺して彼をかばい、背中を撃たれ命を落とす。相変わらずボンド以外の命が粗末に扱われるシリーズである。

ジョーズの初めての殺人シーンは、怪奇映画風に演出されている。

バーでのトリプルXとの会話で、「結婚は一回。奥さんは殺されて…」とアマソヴァが言う。『女王陛下の007』でのエピソードがなかったこと、あるいは別人だったことにされていないのを知った。

トリプルXも恋人を失っているし、007も妻を失っているし、似た者同士というわけだ。

エジプトの列柱が並ぶ遺跡でジョーズを追跡するシーンはアガサ・クリスティみがあってよかった。

ボンドが「女の運転だ」とアマソヴァをバカにするところがあり、職能評価におけるミソジニーが原作に忠実。その直後に、ジョーズから助けてくれたことに感謝もしているのだが。

ナイル川上りだか下りだかの場面で、ボンドがポータブル・マイクロフィルム再生機を使う。それが現代のスマホのよう。このシリーズに出てきたこういう小型機械への憧れが、個人用家電の発展に寄与した側面はないのだろうか。

長距離列車の中に潜みトリプルXとボンドを襲うジョーズ。電流を鋼鉄の歯に流されて感電する。武器が弱点でもあるという王道の因果応報ぶり。

Qの装備説明をよく聞かずに車を出すボンド。説明書を読まないタイプか。よく知らない機械を十分以上に活用できるというのも、こういったヒーロー映画の主演男性に付与された特権である。

「西側の搾取型資本家」ストロンバーグことマックス・カルバと謁見する際に、海洋学者と身分を偽るボンド。ナチュラルにトリプルXを妻兼助手扱いにして彼女の顰蹙を買う。

ジョーズはカルバの部下なので、カルバはすでに二人の本当の身分を知っている。

未知のテクノロジーを前にしてまごついたりしないボンドは、Qから支給された例の車ごと海に突っ込むと、冷静沈着に操作し、車を潜水艇にトランスフォームさせる。水陸両用車だったのだ。同乗するアマソヴァも勝手に操作して黒い煤と爆弾を敵の追っ手にお見舞いし倒すのだが、こちらは「2年前に設計図を盗んだから」使い方を知っている、という説明が一応つく。このあたりは「ソ連は独自開発せず、西側の技術を盗んでばかり」という偏見を感じる設定ではある。

ビーチリゾートに帰還しホテルで二人が休んでいると、アマソヴァの恋人をアルプスで殺したのがボンドだと判明する。「任務が終わったら殺す」宣言をされるボンド。ショーン・コネリー版ボンドとな打って変わったビターな展開であるが、妻を殺されたレーゼンビー版ほどではない。

モスクワとニューヨークに核爆弾を投下しようとするカルバの目的が金ではなく、腐敗した現代文明を滅ぼし、海中世界を作ることだと判明する。核爆弾による世界の浄化。『ムーンレイカー』の悪役ドラックスも同じようなことを行っていた気がする。もう正直、悪役の動機はどうでもいい映画なのだ。どうでもいいと言っては語弊があるかもしれないが、美女も科学兵器も、ボンドの活躍を描くための道具立てにすぎない。核弾頭の起爆装置を解除しようとしているとき、「やったことはあるのかね?」と問われて、"There must be the first time for everything"とボンドは答える。

アマソヴァは結局、カルバによって「囚われの美女」となってしまう。スパイと言えども、結局最後に活躍するのはボンドなのである。ここらへんは後発作『ムーンレイカー』で活躍したグッドウッド博士とは異なる。

敵の二つの原潜に互いの核爆弾を投下させて、都市への攻撃を防ぐ。フィクションでこういう風にカジュアル核弾頭投下してたら、原爆が広島や長崎でどういう惨禍をもたらしたか想像はいかないだろうな、と思った。「敵を滅ぼすのはいい核爆弾だ」と刷り込まれてしまうのではないか。

ボンドは自分がアマソヴァに殺されるかもしれないリスクを承知しながら、カルバの牙城アトランティスへの魚雷攻撃指令を1時間遅らせ、彼女を助けに向かう。Qから支給された水上スキーを走らせるボンドさんカッケェ、とでもいいたくなる場面だ。

「敵国のエージェントに恋を?まさにデタントだ」と言うストロンバーグの前には、ありえないほど長いテーブルの下にありえないほど長い銃身の銃が隠れている。こういう過剰さが、このシリーズの魅力でもある。

ジョーズとの最後の戦いが始まる。ボンドによって水に落とされたジョーズと、ストロンバーグの飼っていた処刑用の鮫(本物)との戦いになる。「ははは、洒落が効いている」と思った。こういう洒落っ気がこのシリーズの魅力でもある(2回目)。

なぜか全体が布張りの脱出ボートで逃げ出したボンドとアマソヴァ。助けてもらったのに銃で彼を狙うアマソヴァ。ポンっと弾けるドン・ペリニョンの栓。射撃の名手である彼女が銃で開けたのだ。"Let's get out of this wet things."とボンドが言い、絡み合う英国とソ連のスパイ。危機から脱出したボンドとボンドガールが脱出手段の中で睦み合っているのを、上司に目撃されたり叱責されたりするのが本シリーズの定番の終わり方である。ワンパターンという批判は当時から生じていたのだろうか。

やはりチャンドラーにも褒められるほどハードボイルドだった原作のトーンに近いのは、レーゼンビー版とダニエル・クレイグ版との思いを強くする。
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