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10億ドルの頭脳のStroszekのネタバレレビュー・内容・結末

10億ドルの頭脳(1967年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

原題"Billion Dollar Brain"(1967)。Len Deightonの同名小説に基づく。元MI5の私立探偵ハリー・パーマーをマイケル・ケインが演じる。ロンドン、ベルリン、ヘルシンキ、テキサスが舞台。

"Destroy the brain before the brain destroys the world."というのが予告編で流れる惹句。マクガフィンとなっているのが細菌兵器と人工頭脳なので、かなりモダンな印象のスパイ映画。67年製作と知って驚いた。

アヴァンタイトルのドス黒い緑と赤の照明のコントラストからしてケン・ラッセル印という感じ。のちにハリーがソ連の大佐と会うラトヴィアの酒場も、赤と深緑の内装である。

プロデューサーがハリー・ザルツマン、プロダクション・デザインがシド・ケインなので、007シリーズと被っているところがある。

スタイリッシュすぎるオープニング映像。007と違い歌声の入っていないピアノ曲なので、クールかつスタイリッシュな印象が増す。

凡百の映画監督ならロンドンからヘルシンキへの空路での移動のあいだに飛行機のショットを挟むのだろうが、空港のアナウンスでヘルシンキ行きの出発時間を知らせるだけである。ロンドンの空港からいきなり雪のヘルシンキのシーンになる。探偵パーマーはロンドンで着ていたトレンチコートのままなので、寒くて現地で洋服を買う。すべて官製の物品が用意され支給されていた007とは異なる。

ある日、ある物をヘルシンキまで届けてほしいという依頼を受け、待ち合わせ場所まで向かうとアニャという美女が待っていた。彼女に連れられて行ったサウナで、ハリーはかつての友人レオ・ニュービギンと会う(フィンランドなので、サウナで会合なのか…)。

鼈甲の眼鏡をかけたケインがサウナでそれを外すのだが、驚くほど綺麗な目をしている。メガネでハンサムすぎる顔を隠しているのだろうか。

寒々しい雪景色に佇む屋敷や暗殺された研究者の屋敷の内部にある猥褻画など、ケン・ラッセルのスタイルを感じさせる画作り。

ロシア正教会の特徴的な玉ねぎ型の尖塔の上に載った十字架を大写しにし、大仰な音楽をつけて建築様式を強調する。ここらへんにも紛れもなく作家性が表れていると思う。

エーウォート博士役のヴラデック・シェイバルは『007/ ロシアより愛をこめて』の作戦参謀のクロンスティーン役も演じているので、両映画の関係はかなり近い。

ラトヴィアのソ連軍をやっつけることを目的とする「自由十字軍」("Crusade for Freedom")というのが出てくる。いまも昔もロシアが近隣国に及ぼす影響は大きいと感じる。007も、ソ連とアメリカという大国に挟まれたかつての大帝国のエージェントという、非常に微妙な立場のスパイとして描かれていた。"Englishman“と呼ばれるハリーも、基本的にはそうである。

自由十字軍構成員の若者にハリーが「ビートルズのレコード持ってる?」と聞かれる場面がある。ちょうどこのグループが人気絶頂だった頃なのだろうか。イギリスと言えばビートルズという反応に、ハリーがうんざりする様子がうかがえる。

ラトヴィア人レジスタンスの死体の山から抜け出したハリーが、KGBに羽交締めにされ、洗面台の濡れたタオルを見て拷問を覚悟したら、血を拭かれ顔見知りのソ連軍大佐のもとへ連行される。

レオの故郷であるテキサスに向かったとき、ステートフェアのようなものが開催されており、アメリカ人たちが陽気な音楽に合わせて踊りながら豚の丸焼きを炙っている。ハリーを迎える男はテンガロンハットを被ってるし、彼らのボスであるミットウィンター将軍はライフルをバンバン撃っているし、テキサス人のステレオタイプという感じ。

自由十字軍はコミュニストと戦うカルト団体のような集団であり、テキサスの狂信的反共主義者ミッドウィンター将軍がリーダーで、ラトヴィアに支援を送っていた。彼らはライヒスアドラー(ナチスドイツの第三帝国の国章)のようなシンボルを使っている。鉤十字ではないが変形した"X"のような文字をトレードマークにしている。

何人もの研究者が働く「10億ドルを注ぎ込んだ」頭脳は、将軍の中央コンピューター室だった。そこで采配を振るうのは、狂った反共主義者のミッドウィンター将軍で、ソ連をはじめとする共産圏の崩壊を狙っている。

ナチスドイツとアメリカの反共主義の相似性を描いているという点で、先見性があるのではないだろうか。

ハリーの友人のレオ・ニュービギンが「頭脳」のプログラムを書き換える場面で、キーボードに命令を打ち込んでいる。コンピュータの描き方が現代的。

しかしリールや紙のカードのようなものを機械にセットしているので、かなりアナログとデジタルが共存している印象。

レオが捏造した命令が、紙のカードを入れ替えることで本物の命令と入れ替えられ、両端に穴の空いた連続帳票に印字されて出てくる。「昔(1990年代まで)、ああいう紙をよく見たな」と懐かしくなった。

007もそうだが、ソ連、ヨーロッパ、アメリカが拮抗する大まかな対立関係のなか、イングランド人の男性エージェントが権力の板挟みになりながら戦う、という構図になる。テキサスとソ連の間に挟まれるハリー。

夭逝したフランソワーズ・ドルレアックは、自分の目的のためにハリーとレオを利用する女性役。

ハリーが運転する車の助手席に乗っていたレオが額を撃ち抜かれて即死するのだが、そのときの出血にはめちゃくちゃ血糊感がある。「せっかくここまでスタイリッシュ路線で来たのに‥」と思った。

終盤。重いトラックで氷原に突っ込んでいき、割れた流氷に呑まれる自由十字軍。仲間を蹴落としても流氷にしがみつこうとすら兵士たち。ゆっくりと沈んでいく手。ここらへんの描写が執拗で、作家性を感じる。

自由十字軍を氷原に呑ませたソ連軍の大佐に"Very efficient."と声をかけるハリー。ヘリから出てくるアニャ。彼女はソ連のエージェントだった。ソ連=ハニトラの本場という感じがする。

彼女にキスをされても反応しないハリー。正直言ってケン・ラッセル監督作という以外にあまり魅力を感じないで観ていたが、氷原に氷のような冷たい表情で立つ最後のハリー・パーマーがこの映画の肝のような気がしたからオールオッケーだ。
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