Stroszek

ザ・バニシング-消失-のStroszekのネタバレレビュー・内容・結末

ザ・バニシング-消失-(1988年製作の映画)
-

このレビューはネタバレを含みます

原作はTim Krabbéの『失踪』(1984年)。

序盤、トンネル内でガス欠になる。ぐっちゃぐちゃに荷物が詰まった後部座席から「確かにあるはず」と懐中電灯を探そうとするサスキアと、彼女を置いてどんどん遠ざかるレックス。暗いトンネルの道を進める性と進めない性、みたいな対比がある。

「人が消える映画」と聞いていたので、ここでサスキアが消えるのかと思ったら、彼女は懐中電灯を持ちトンネルの外で待っていた。無言で運転するレックス。

ツール・ド・フランスのラジオ中継がずっと流れるパーキングエリアで仲直りする二人。結婚を誓い合った直後に飲み物を買いに行ったサスキアが消える。

そのあと犯人の家族生活や内面描写に移るのだが、めちゃくちゃ勤勉で計画的なのが非常に怖い。普通にホワイトカラーの務め人っぽい(のちに理系の大学教授と判明)。

クロロフォルムを使って衆人環視のなかサスキアは攫われたらしいことが明らかになる。何回も(娘さえ使って)人を拐かすリハーサルをして綿密に計画を立てている犯人に、ただの観光客であるカップルが勝てる訳がない。  

犯人であるレイモンという男の身分や家族構成、社会通念への反抗的犯行を思いついたきっかけが徐々に明らかになるのだが、確かに身震いするほど恐ろしい(スタンリー・キューブリックの「こんなに恐ろしい映画は観たことない」という感想が予告で使われていた惹句)。

1988年の映画だが、ソシオパス(反社会性パーソナリティ障害)という言葉をかなり初期に使っているのでは。自分の誕生日パーティーで見ていたアルバムにあったギブス写真から女性を油断させる方法を思いつき、娘たちが誕生日プレゼントにくれた服を着て犯行現場に向かい、同じく誕生日プレゼントで貰った車用のキーホルダーでサスキアをおびき寄せたので、まごうことなきソシオパスである。良き家庭人の外面や安定した収入から得た別荘を犯行にフル活用するソシオパス。

家族や子どもが、意図せずレイモンの完全犯罪に寄与することがある。レイモンがサスキアを攫った瞬間に落ちた缶ジュース二本のうち一本を子どもが持ち去り、それによってレックスは状況の違和感に気づかなくなる。サスキアがレイモンの車内に入るのは、ダッシュボードにあった家族写真に安心するからだ。前述した通り、娘からレイモンへの誕生日プレゼントのキーホルダーをサスキアが欲しかったことが、サスキア誘拐に繋がった。のちに情報提供の郵便物を両手に抱えるレックスに、路上で遊ぶ子どもたちがぶつかることがある。家族や子どもはそれ自体は無邪気だが、物凄くドス黒い悪意を都合よく覆い隠す存在として表象されている。

レイモンがほかの女性を攫おうとしていたときにクシャミをしたこと、レイモンとレックスのイニシャルが同じだったこと、知らない男の車に乗ってもRのイニシャルのキーホルダーを手に入れたいと思うほど、サスキアのレックスへの愛が最高潮だったこと、等々、さまざまな「偶然」が重なって事件が起こった。

行方不明になった家族や恋人を探す人間は、何が起きたのか知りたいと思うのが当然だろうが、レックスにはもう少し待って、レイモンを警察に捕まえてもらい、それから彼の別荘を家探しさせる手もあったはずだ。決定的な瞬間に、軽率さや好奇心が警戒心や自己保存本能に優ったというのが、カップルが餌食になってしまった理由かもしれない。

サスキアはレックスとのドライブ中に、「金の卵が二つある。その中に二人とも閉じ込められて、永遠に宇宙を彷徨う夢を見た」と言う。レックスも8ヶ月前にできた恋人ではなくサスキアを探し続けることを選ぶ直前に、錯乱状態で金の卵の夢を見ている。

ある意味、このカップルの行く末を暗示していた訳だ。予告編はサスキアがこの夢について語る声を使っているので、あとから観たらかなりあからさまである。

レックスは自分の決断を後悔しているかと思いきや、おそらくは酸欠から来る幻想の中で金色に包まれるサスキアを見ている。彼女と一緒になれて案外幸せな気分で亡くなったのかもしれない。

あと、序盤ではトンネルの暗闇の中に置き去りにされたサスキアが何度もレックスの名前を呼ぶ場面があったが、クロロフォルムの昏睡状態から目覚めたあともレックスの名前を呼んでいただろう。終わりの方で同じ状態になったレックスがサスキアの名前を呼んだように。いろんな映画に始めと終わりの円環構造が導入されているが(最近観たのだと『ナイトメア・アリー』)、こんないやな円環構造は観たことがない。

行方不明になった近しい人を探す系の映画は、家族の苦悩や探すうちに狂っていく近親者の姿を描いたものが多いが(『チェンジリンク』、『プリズナーズ』)、この映画はその先に、探す人自身にも罠が待ち受けているのが恐怖のレベルが違う感じ。

サスキアが夢で見た二つの金の卵、カップルがパーキングエリアの木の根元に植えた二枚のコイン、レイモンが別荘に植えた二本の苗木、最後のショットの新聞記事で並べられたサスキアとレックスの写真。二人が比喩的にも文字通りにも並ぶ、同じモチーフが繰り返される。ほんとうに恐ろしい映画だ。
Stroszek

Stroszek