Stroszek

アルタード・ステーツ/未知への挑戦のStroszekのネタバレレビュー・内容・結末

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このレビューはネタバレを含みます

1979年作品。

原作Paddy Chayefsky、脚本Sidney Aaron。英語版wikiによると、同一人物だが監督との意見の相違からクレジット掲載を拒んだらしい。同じwiki記事によると、ウィリアム・ハートとドリュー・バリモアのデビュー作とのこと。

「隔離タンク」("isolation tank"、感覚遮断タンク)に浸って意識を遡行させる実験で、友人アーサーに手伝ってもらいながら自ら被験者役をしていたエディ・ジェサップ。彼は精神分裂病(shcizophrenie、現代日本語では統合失調症)を研究する精神病理学研究者だった。7年後、妻子と別れたあと、再び実験に没頭するようになる。メキシコ系の研究者に案内されて向かった高山の部族ヒンチ族が儀式で使うマッシュルームを食べ、トリップ体験をする。ハーヴァード大学に戻ったエディは再びアーサーに手伝ってもらいながら、今度はマッシュルームを服用した状態で隔離タンクに入る。彼は人類の歴史を遡行し類人猿となった自分が山羊を殺し貪る姿を見る。タンクから出た彼の口は、本当に山羊の血を啜ったかのように真っ赤だった。彼のレントゲンを撮ると、確かに彼の首筋はゴリラのような形に変わっているのだった。その夜、身体中を何かが這い回る、悪夢のような身体変形を幻視するエディ。にもかかわらず、彼は実験にのめり込んでいく。

序盤、のちに妻となるエミリーに自分の来歴を説明する場面で、エディがかなり「視る」タイプの人間だったことが示唆される。十字架にかけられたキリストや聖人の姿を、である。しかし16歳で善人で優秀な研究者だった父親が癌で苦しみ抜いて亡くなった姿を見て、キリスト教的な幻視はなくなったという。つまり、のちに彼がマッシュルームの力を借りて幻影を見られるのには、彼の幻視能力が影響していると思われる。

病床の父親がやっと発した言葉、"Terrible"は"Heart of Darkness"のカーツ大佐の"The horror! The horror!"に近い。エディも終盤で一度だけ"terror“という言葉を発する。

妻エミリーがコロンビア大の文化人類学者で、24歳で博士号を取り、出産後アフリカへ二人の子どもを連れてフィールドワークへ行き、一年したらケンブリッジ大に着任とか、エディ自身も35歳でハーヴァード大教授とかで、かなりの知的エリートたちの話である。実験後の酷い体調でも必死でメモを取ろうとしたり幻視したことをすぐにメモに取ったり、エディもエミリーも研究内容について説明するときかなり早口とか、理系研究者の生態をよく捉えているのではないだろうか。

家族を新しい家に連れてきて早々、元妻がフィールドワークで得たヒヒの声の録音テープを要求し、娘が腹を空かせているのに調理しようとする妻を止めて自分の実験成果を説明し、さらなる人体実験に同意させようとするシーンにエディのヤバさが見える。結婚前に「かなりいい父親になれると思う」と言っていたが、まったくそんなことはなかった。

タンクに入って意識が退行するとともに身体も変容する。それでタイトルが"Altered States"なのか(作中では"genetic transformation"[遺伝的変容]と呼ばれている)。意識の中で退行することで身体も類人猿に退行するとか、「そ、そんなバカなことがあるかー!!」って話なのだが、ハーヴァード大学の精神病理学教授という人類の叡智の最高峰にあるような人物が猿になる、という点に対比の妙味があるのかもしれない。天才科学者が自分で作った機械で蝿人間になる『ザ・フライ』と同じである。

エディが人類の始祖の記憶まで遡るといって再びタンクに入っていったとき、タンク内が光に包まれ、それを見たアーサーもメイソンも気を失う。高橋洋的な青白くヤバい光である。

エディが海洋生物の記憶まで遡っていることを示唆する映像が続く。生命の起源まで彼は辿り着いたのだ。

終盤、エディは身体変容が止められずに、妻とともにコブだらけの化け物や生物の複合体のような姿になってもがき苦しむ("Basketcase"(1982)や"Street Trash"(1987)のモンスターは、このときのエディの姿に影響を受けたのではないかと思うくらい似ている)。そのシーンの二人の姿が合成そのものなのだが、安っぽくならずに手法と作劇が対立しないヴィジュアル・エフェクトである(本作の特殊効果はディック・スミス)。

エディの顔が浮かんで来る前の隔離タンクの窓から見えるコードが、顕微鏡ごしに観察された微生物に見えるなど、とにかく映像の繋ぎ方とセンスがいい。

猿人とか『はきだめの悪魔』(後発作品)っぽくディフォルメされた人体が出てくるのにモンスター物とは言われずカルト作品扱いなのは、エディの精神世界と現実世界の境界が曖昧だからだろう。

エディが元妻を迎えに行った空港のアナウンスで呼び出される名前が"Mr. Daniel Craig"なのだが、偶然だろうか。
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