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007/ムーンレイカーのStroszekのネタバレレビュー・内容・結末

007/ムーンレイカー(1979年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

1979年。

英国空軍(RAF)に輸送されていたムーンレイカーが強奪されるところから始まる。

007の豪快なスカイダイビングまでがアヴァンタイトル。敵がサーカスのテントに突っ込んでからオープニングソングのシークエンスに移るのだが、そのときに出てくるパラシュートに掴まったロジャー・ムーアの写真がすでに加齢を感じさせて辛い(撮影時ムーアは52歳)。すでに原作の38歳から40代前半のボンドを演じるには無理がある。年齢差別ではないかと思われるかもしれないが、このシリーズはボンドガールとして若い女性を次から次へと供給してきたのだから、男性のボンドも原作の年齢に従ってリフレッシュするべきである。ボンドは年を取るのにボンドガールは若いままという構造が、映画界のグロテスクな男女年齢差(活躍できる年齢が男女で異なる)の象徴として扱われるようになったのは、いつ頃からだろうか(ムーア自身は自覚していた節はあるが)。

原作ではムーンレイカーは白亜の崖ドーバーに設置されているはずなのに、映画ではドラックス社のシャトルに載ったまま行方不明になる。そこでボンドがアメリカのカリフォルニアを探すことから物語が展開する(原作にはアメリカは出てこない)。

フランスからカリフォルニアへ運んだ城を住居にするドラックス。原作とは異なり、ボンドをショパンの「雨だれ」のピアノ演奏で迎えるようなインテリ紳士として登場する。

彼のパイロットも、NASAから派遣された主任研究員のグッドヘッドも女性である。マニーペニーといった女性秘書はいるがMもQも老年男性であるMI6に比べると、ドラックスの組織の方がまだジェンダーバランスが取れている。また彼の城には、なぜかキモノを来た日本人中年男性の給仕がいる。

原作にはないエピソードが続く。

重力負荷装置でキモノの男に拷問されるボンド。

パイロットとの逢瀬。

キジ撃ちのシークエンス。

ボンドと関係を持ったことによりドラックスの犬に狩られるパイロット(動物狩りから人間狩りに移行)。開始後約33分、彼女が犬に襲いかかられるショットで本作ボンドガール一人目は退場する。

ゴンドラの街ヴェネツィアに舞台を移す。グッドヘッド博士を尾行するボンド。女性の理系研究者を登場させているのは、本シリーズにおいては進歩なのかもしれない。

スパイは目立たないのが鉄則だろうに、水陸両用ゴンドラというド派手な車を街中で運転するボンド。

映画『未知との遭遇』のテーマソングがキーコードとして使われている施設に忍び込むと、ドラックスの極秘研究所だった。原作では禿げで口髭、顎髭を生やした科学者というのがドラックスの科学者チームだったが、映画でもそのあたりは忠実に再現されている。

剣道の防具をつけて竹刀でボンドを襲うアジア人部下。フェンシングで応戦するボンド。東西の対決がヴェネチアングラスを破壊する形で行われるのが示唆的。

その直後、ボンドがグッドヘッド博士のホテルに忍び込んだシーンで、このアジア人刺客の名前がチャンだと判明する(日本人でさえなかった…)。「アジア人ならどの国でも同じだろ」とばかりの扱い。さすがにリスペクトがなさすぎでは。

グッドウィル博士がCIAのエージェントだったと判明する。グッドヘッドをベッドに誘うシーンでボンドが"Detente?""Understanding?""Trust?""Corporation?"と、国際政治の語彙を使っているのが印象的。

致死性のある毒薬を開発していたと思われるドラックスの研究所にMを連れて来たところ、研究所はすでに屋敷に変えられていた。2週間の休暇を命じられるボンド。舞台はヴェネツィアからリオデジャネイロへ。と同時に、マニュエラという新たなボンドガールも登場。

アヴァンタイトルでキャビンアテンダントと一緒にボンドを襲った鋼の歯を持つ大男ジョーズ(リチャード・キール)が、ドラックスからの刺客として送り込まれる。

ボンドとグッドヘッドが乗るケーブルカーのケーブル巻き取り装置を素手で止めて歯でワイヤーを噛み切ろうとする大男。

"He's a Jaws. He kills people."(実際には作中、一人も殺していない) ケーブルカー2台の天井で向き合うボンドとジョーズのお互いを認め合うような笑顔が素敵である。

チェーンをターザンロープにして脱出するボンドとグッドベッド。

大男はケーブルカーのワイヤー巻き取り装置の下敷きになったが、眼鏡の三つ編み女子がやってきて彼を助ける。二人が一瞬で恋に落ちた瞬間に流れるチャイコフスキーの幻想序曲「ロメオとジュリエット」。手に手を取って去る二人を見守る、呆れたようなボンドの顔。このロープウェイシークエンスが本作で一番面白かった。

西部劇のような格好をして馬を駆けるボンド。一瞬流れる『マグニフィセント・セブン』のテーマソング。MI6の施設でMとQと落ち合い、次の指示を受ける(中庭では黒いローブを着た若者がレーザー銃を打っている。製作年が近い『スターウォーズ』への言及か?)。行き先は、ドラックスが開発した有毒神経ガスの原料となっている、絶滅したはずのランの原産地であるアマゾン川の上流。

川上りをやっていると、恋に落ちて退場したジョーズが再登場。ボンドとのボートチェイスの末、グライダーで脱出するボンドを見ながら滝に落ちて再び退場する。

ジャングルの奥の極秘施設にたどり着いたボンド(明らかにセットっぽい作り)。次々に世界各国の美女が姿を見せる。大蛇との闘いに命からがら勝つと、ジョーズ(しぶとい…)とドラックスが待ち受けていた。

ムーンレイカーの発射を前に披露されるドラックスの思想が、映画版『女王陛下の007』におけるブロフェルドっぽい。

シャトルの一機のパイロットを装い、ドラックスとともに宇宙へと旅立つボンドとグッドヘッド。身体をゆっくり動かすことにより宇宙での無重力状態を表そうと努力しているが、髪が浮いていないのでただゆっくりと身体を動かしている人に見えてしまう。ドラックスや対になった方舟の男女は宇宙服も着ていない(男女の中にジョーズとドリーもいたのが笑った)。

ドラックスの目的は、若い男女で新人類を人工的に作ることだった。

地球からの発見を阻む電波妨害装置制御室に入り込み、科学者たちを殴り倒すグッドウィル。

ボンド: "Where did you learn to fight like this? NASA?"
グッドウィル: "No, Vassar"

というやり取りが面白い(Vassarは1861年にマシュー・ヴァッサーによって設立された女子大。1969年に共学[英語版wiki情報])。なんかここでも救急車に攫われるシーンでもこの二人は笑顔を浮かべていて余裕、という感じがいい。

ドラックスの狙いは、1個で1億人を殺傷する威力のある神経ガス球50個を地球にばら撒き、全人類を抹殺することだった。

「君の夢は醜い者もすべて、地上から抹殺するということかな?」「そうだ」のやり取りを聞き、なぜかボンド側につくジョーズ。

ボンドが非常停止ボタンを押しドラックスの宇宙ステーションが回転するのを止める。乗組員が船外に出て、アメリカのシャトル乗組員とのレーザー銃戦が始まる。『2001年宇宙の旅』や『スターウォーズ』以降の仕事、という感じである。

有毒神経ガス球を破壊するためにシャトルに乗るボンドとグッドウィル。シャトルを外から手動で分離してやるジョーズ。
  
すでに発射された神経ガス球三つを破壊するボンドとグッドウィル。

国防長官、M、Qが揃ったおそらくはNASAの管制室。大男と小柄な女の子がアメリカのシャトルに保護されたことが報告される。

"As this is the first joint venture between our two countries, I'm having the patch directly to the White House AND Buckingham Palace."
"Well, I'm sure Her Majesty will be fascinated"
"Ah, at last"
(ベッドの上で絡み合うボンドとグッドウィルの姿が大写しになる)
"007…"(M)
"My God, what's Bond doing?"
"I think he's attempting re-entry, Sir"(Q)

カメラに気付きしかめっつらをしてからニコッと笑ってスイッチを切るボンド。なんだか笑顔の多い映画である。ボンドとグッドウィルの対話で終わる。

"James…"
"I think maybe it's time to go home."
"Let me around the world one more time"
"Why not?"

シャトルが地球を一周するあいだにもう一度睦み合う二人。宇宙にいたら怖いだろうに、なんだか余裕である。

ケーブルカーの場面や最後の宇宙戦など、ところどころ面白いところはあるが、物語の緊密さでは原作の方が上だった。世界を股にかけ活躍し、各国の美女とベッドをともにする凄腕スパイという表象にこだわり過ぎたせいか、話のつながりが散漫になっている。
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