じゅ

I Have Electric Dreams(英題)のじゅのネタバレレビュー・内容・結末

I Have Electric Dreams(英題)(2022年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

"戦術"な。なかなか見ないな"戦術"Tシャツ。


16歳のEvaは父Martinと離れ、母Ancaが相続した家に母と幼い妹Solと愛猫Kwesiと住むことになった。母は猫を毛嫌いし、父の私物を全て処分しようとし、その上押し付けがましかった。Evaはそんな母と暮らす家を出て父と暮らしたいと思っていた。父は友人と同居し、Evaは休暇中も自由に会えない。父と娘は新居を探しており、Evaは同居するつもりでいた。
翻訳家の父は詩も始め、Doveと呼ばれる人物が開催する詩人のワークショップに参加していた。会場の外にはYelinaなる女の子に宛てた愛の落書き。大勢の大人が集まって盛り上がる中、Evaは輪に入れない。蚊帳の外の彼女は、時折その輪から抜け出した大人と交流する。若い過ち、消えない傷、未だ引きずる父から母への未練。夜中に目を覚ましたEvaは、独り掃除をするDoveと成り行きで身体を重ねた。彼女の初体験だった。
夜中のうちに帰ったEva。朝、猫にちょっかいを出した妹が引っ掻かれ、母は猫を追い出すと言った。父の車に乗るEva、妹、猫。父は彼女らを遊びに連れ出し、その後父のお気に入りのワークショップ仲間であるSandraを訪ね、家人にせがまれて作りかけの詩を披露した。静かな帰り道。自転車で駆ける若人。家が空っぽに感じたとこぼす母。
明くる日、改めて2人で父の新居を見に行ったEva。外にはYelinaなる女の子に宛てた愛の落書き。高層マンションを気に入ったEva。何かと難癖をつける父。ふとしたことで喧嘩になった。居候するDoveの家に帰った父と娘。愛猫のKwesiも彼の家に預けられており、父はキャットフードを買いに出かけた。その間にEvaはDoveと再び交わろうとするが、いざ始めるところでDoveが踏みとどまった。Evaが傷つき涙する中、父が戻った。ただならぬ様子に何か勘づいた父は、動揺のあまり包丁で手を切ってしまう。病院に駆け込んで傷口を縫った帰り、父は自らの無力感を語り、Evaが自律できる歳であるとこを伝えた。
自宅にて。Eva は父と暮らしたい旨を母に伝える。母はそれならこの家を燃やすと言い出した。夜、自宅を抜け出してDoveの家へ向かったEva。パーティが催されていたが父の姿はない。偶然空いていた父の部屋である女性が泣いており、通じ合った気がした。その後その女性がDoveと触れ合っているところを目撃し、Evaは我を失ったように彼女の持ち物を踏み潰し、泣き崩れた。その時鳴った父からの電話。
父は寝室が1つしかない安アパートへ入居していた。当然、Evaが同居するスペースはない。さらに父は、猫を保健所に預けていた。激昂するEva。大喧嘩の末、父は娘を締め殺しかけた。2人落ち着くと、Evaは通報して警察を呼んだ。一度逃げ出した父だったが、帰ってきて警察に連行された。調書を取るためEvaも警察署へ同行することになったが、その警察車両に乗る警官が例のYelinaだった。別々の車両に乗る父と娘、一瞬目を合わせて笑いを押し殺した。
後日、ワークショップに参加した父と娘。Martinは初めて書いた詩『I have electric dreams』を披露した。その頃Evaの自宅の部屋にはKwesiとは別の三毛猫の姿。目を合わせる父と娘。


なんとも危うい人たちの物語だなと思った。暴力的で、おぼつかなくて、今にも取り返しのつかないことになってってしまいそう。

娘は反抗期っぽいかんじで我が強くて、戦争も辞さねえ!ってかんじ。親権をとったらしい母親とは徹底的に反りが合わなくて、父親以外の存在で唯一好きっていうかんじすらする愛猫のLinton Kwesi Johnsonとやらは自分以外の人間にとってはそこまで大切じゃなくて、性の目覚めの真っ只中にいるけどまだ人を愛したことはないしまだ自分のを自分でいじるくらいしかやったことなくて、その辺の経験がある大人の集まりに飛び込んで背伸びして一丁前にタバコなり酒をやってみるけどまだなんか届かなくて、なんとなく流れで大人の男との"はじめて"に至ったけどまだなんか足りなくて、なんか根底に淋しさみたいなのがありそうだった。
幼い妹には大人ぶった態度をとるけど、自分の中の大人像みたいなのに届かないコンプレックスとかあんのかな。

父親も父親で戦争も辞さねえ!ってかんじ。てか「You want war?」みたいなこと言ってたしな。娘にだって「やんのかこら」ってかんじ。癇癪持ちで、怖いことがあればすぐにちびっちゃう幼い娘がいたってお構いなしにarsehole共にブチ切れて、よく物に当たり散らして、娘は殺しかけた。一番安いという理由で賃貸を選んでいたくらいには安定した稼ぎがない。
包丁持った時まじでDoveのこと刺すんじゃないかと思ってめちゃめちゃヒヤヒヤした。


なんでEvaはあんなにMartinに懐いてついて行きたがってたんだろう。自分なり妹なりが車に乗ってようがお構いなしに物を投げつけて額から流血するほど頭突きかましたり、あるいはアホの車を猛スピードで追っかけて怒鳴り散らしたり、俺だったら嫌だけどな...。

やっぱ良く言えば自由なところか。
母親といれば相続した家に詰め込まれてあれやこれやと指図を受ける。「TVだろうが暴力はナシ」と格闘技の放映を切らせて、子に悪いと思ったものから過剰なまでに隔離しようとする。
一方で父親は自由人。それに外のコミュニティとの繋がりもあるし、いろいろな場所に連れて行ってくれる。自分で行きたいところに行って自分で自分の世界を広げる大人みたいに、自分の世界も広くなった気がする。翻訳家でありながら詩人で画家で彫刻家だという父の交友関係は広くて、なんか特徴的な(その人ら自身がおもしろい人かはわかんないけど、でも芸術を志してる辺り一般人とはどこか違ってる気がする)人ばかりで、つまんない母親とか妹といるよりよほど良い。
というようなかんじなんだろうか。


詩の内容は元は
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I have electric dreams
A pack of wild animals
Scream their love for each other
Sometimes with blows
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という書きかけ版が、最終的に
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I have electric dreams
Where my dad, when he can't fix something, smashes it on the ground
He gets angry, shouts, calls names
We scream our love for each other, sometimes with blows
That's what we are
A pack of wild animals with dreams of humanity
Sometimes one needs several lives to comprehend this
The rage that runs through us doesn't belong to us.
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になった。

electricは「衝撃的な」とかみたいな意味もあるらしい。そう訳すとすると、
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俺は衝撃的な夢を見る。
野獣の群れが互いの愛を、時に殴り合いながら吠える。
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みたいな内容が元の書きかけ版で、最終的に
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俺は衝撃的な夢を見る。親父が何かを直せなくて、地面に叩きつけて叫んで名を呼ぶというものだ。
俺たちは互いの愛を、時に殴り合いながら叫ぶ。
それが俺たちだ。
人間性を夢見る野獣の群れ。
そいつがそれ(たぶんhumanityのこと)を理解するためには一生では足りないかもしれない。
俺たちを貫く怒りは俺たちのものではない。
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というかんじに仕上がったわけか。

新しい詩を作るのではなく、作りかけの詩を完成させる流れにしたのは何故なんだろう。詩の内容がMartin自身(もしかしたらEvaも)について語ってるように感じるから、詩の完成というのは彼自身が自分自身(もしかしたらEvaも)を徐々に理解したことを喩えてたんだろうか。あるいは、完成形の詩が表すような人格に成長したとか。

書きかけの内容は、自分を自制の効かない獣に喩えているかんじなのかな。詩の続きの可能性としては、そのままの勢いで「それが俺の愛だ!」って言わんばかりに突っ切るというのもあり得たと思ってる。けど出来上がった内容では、自分を客観視して激情に身を任せるところを内省してるかんじになってると思う。
そういえば、weとかanimalsとか複数形になってるところも地味に重要なのかも。Martinの内省だけでなく、愛を叫んで殴り合う他の誰かについても同時に語ってる。本人の他の誰かといったら、まあたぶんEvaか。ともすれば、少なくとも2人で完成させたというか、少なくともEvaがいたからMartinが自分の詩を完成形に持って行けたのかもしれん。


ところで猫を詩人の名で呼ぶのって、俺らの感覚で言ったら「(谷川)俊太郎〜」って呼ぶみたいなもんか。あとちょっと趣向を変えて「芭蕉〜」とか。
ちょっとおもろいかも...。
じゅ

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