このレビューはネタバレを含みます
『コンジアム』のチョン・ボムシク監督の新作で役者陣も有名どころが揃っているということでちょっと期待していたこの『ニューノーマル』なのですが結論から言うと、まぁこんなもんか…くらいの出来の映画でありました。いや別につまんないわけじゃないんだよ。つまんなかったらつまんないでボロクソに文句を言えばいいので感想文も書きやすいのだが、別にそこまでくそみそにつまらんわけじゃないんだよなぁ、くらいの微妙さなので何だか感想を書きにくいタイプの作品なんですよね。ま、そんな感じなので特に気合も入らずにダラダラと思いついたことだけ書いていくとするか。
さて、じゃあどんなお話なのかというと本作は起承転結の大筋があるようなタイプの映画ではなく短編集的な短いエピソードを数珠つなぎにした群像劇という趣のものなんですよね。それもちょっとブラックな感じの群像劇ですね。まぁもちろん全く何の繋がりもないエピソード同士が連続していくのかというとそんなことはなく、あるテーマに即した短編たちが描かれるのだが、それというのは現代ソウルの行き詰ったどん詰まりで閉塞的な社会でありそこで起こる様々な事件が連鎖していく様が描かれるんですね。例えば最初に描かれるエピソードは高級マンションで一人暮らしをしている女性から始まる。テレビではソウル市内を震撼させている女性を狙った連続殺人事件の報道が流れていて、そこへ火災報知機の点検を名乗る男がやってきて部屋へ上げるのだが、その男というのがやたら図々しくて胡散臭い。家人の女性へあからさまなセクハラを浴びせたり怪しい仕草を見せるのでまるで事件の犯人のように見えてしまうのだが実は…というもの。次のエピソードは舞台がガラッと変わってマッチングアプリでガールハントをしている男が二股をしているのだが、その些細なやり取りがある悲劇へと繋がっていく…というもの。
そんな感じで一見関りのないように見える個々の事件が実はどこかしらで繋がっていて、という感じで数珠つなぎとなる短編エピソードがどんどん展開していく映画ですね。んで、それは上記したように現代ソウルの絶望的なまでの閉塞感を描き出しているのだと俺は思った。いやね、そこそこなネタバレになりそうだから書こうかどうか迷った末、今ネタバレ有りにチェックを入れたので書きますが、本作では冒頭で語られるソウル市内で起こってる連続殺人事件は解決しないんですよ。さらに言うとその連続殺人事件だけでなく作中でいくつかの緩いつながりを持った殺人事件が描かれるのだがそのどれもが未解決のまま終わるんですよね。これそういう映画じゃねーから! っていうことなんですよ。起承転結があってそれに沿って事件を中心とした物語が展開されて最終的にハッピーエンドだろうがバッドエンドだろうが何らかのオチが付く、というような分かりやすい感じではないんですよね。そういう点ではかなり掴みどころのない映画で、群像劇のため一人の主人公を通しての視点というものもないからボーっと観てたら、何だったんだ? この映画となることは必須であろう。また『ニューノーマル』というタイトルも何だか分かりにくい。
だが実は、その辺は注意深く映画の冒頭観ていれば分かることなんですよ。本作の最初のシーンはソウル市内で季節外れ(4月後半だったか5月の頭だったか)の雪が降ってこれは通常ではありえないことだ、というニュースから始まって上記した連続殺人事件への報道に移っていく。ここで重要なのは4~5月に雪が降るなんていうことは異常なことであり、その後に告げられる連続殺人事件も異常な出来事であるということである。
ま、それは分かるじゃないですか。季節外れの雪は異常だし連続殺人なんてのも異常である。それは分かる。でも本作が様々な短編を繋ぎながら描いていくソウルの現実というのは日常のほんの裏側には異常な世界が広がっていて、ほんの一歩足を踏み外したらその落とし穴にはまってしまうんだよ、ということなのである。そこは人助けだと思って困っているおばぁちゃんに手を貸してあげた少年のエピソードを見れば分かるであろう。そういうものをどんどん重ねていって見えてくるものというのは、自分が異常だと思っていた世界はそこまで異常なのではなくすぐそこにある、いやそこというか今まさにあるここが異常な世界なんじゃないのか? という感覚である。4~5月に雪は降るのは異常だが毎年そうなるのならそれはもう正常なのである。夏場に40℃近くまで気温が上がるのも毎年そうなるというのならそれはもう異常ではなくなってしまう。そして本作ではそれほどに異常と正常の境目が希薄になった韓国社会を批評的に描いているのだと思う。
そう考えると『ニューノーマル』というタイトルも分かりますよね。今まで異常だとされてきたものは実は薄皮一枚を隔てているだけで現実のすぐ隣にあり、そこを乗り越えてそれが正常なんだと言わんばかりに“普通の世界”に浸透してきている、ということですよ。だからそれは“新しい普通”というわけだ。手垢のついた表現をするなら古き良き世界は終わった、という感じだろうか。だからコンビニバイトのねーちゃんは「Fuck The World」のネオンに光を灯すわけですね。
まぁそういう映画だと思えばテーマに沿ったブラックな群像劇としては悪くない。悪くはないのだが、感想文の最初にも書いたように何かイマイチだなー、となってしまうのは一つのお話としてのまとまり感は低く映画を観たという満足感が薄目だったからであろう。これならまとめて一本の映画にするよりもネトフリとかアマプラのサブスクなんかで個々のエピソードを一つずつ配信した方が盛り上がったんじゃないかなと思う。一本の映画として物語がドライブされていく感じとかが特になかったっていうのが本作の一番の欠点ではないかなぁ。ちょっと説明過剰な感じにはなるかもしれないが事件全体を追っている刑事役の登場人物とかがいた方が全体としては締まったのではないだろうか。あと、時系列がシャッフルされながら進むのだが、それもあんまり効果的ではないというか無駄にややこしくなっているだけのような気はした。あのシーンのあれはこういうことだったのかー、みたいなパズル的な面白さはあるけどそれだけなんだよな。
ただ個人の好みはあろうが個々のエピソードの後味悪い感は好きでしたよ。特にコンビニバイトのねーちゃんの回は最高でした。あのねーちゃんは最後も含めて一番親近感が湧いたな。クレーマーへの対応とか最高だったよ。あ、そうそうクレーマー対応で思い出したが本作はサイコスリラーな感じでありながらも笑えるシーンは結構あってそこは好きだったな。
まぁそんなに期待せずに観れば十分面白いのではないかと思うが、結構人は選びそうな作品ではあります。個人的にはこれは映画ではなくてかつてチュンソフトが発売したサウンドノベルの傑作『街』のようなノベルゲームとかアドベンチャーゲームにした方が面白いんじゃないかなぁとは思いましたが…。