ヨーク

化け猫あんずちゃんのヨークのレビュー・感想・評価

化け猫あんずちゃん(2024年製作の映画)
4.1
いましろたかしという漫画家がどういう作品を描いているのかは大体知っていたが本作『化け猫あんずちゃん』の原作は未読です。末期のコミックボンボンで連載されていたということは知っているが、いや凄いよね、いましろたかしの漫画がボンボンで連載されていたとか。ジャンプにつげ義春の漫画が載ってるようなもんですよ。まぁ末期のボンボンは色々とカオスなことになっていたらしいのでそういう珍しいことも起きてしまったのであろう。まぁとりあえず原作は未読だということなのだけど、それでも全然余裕で面白い映画でしたね。なんか設定とか軽妙な笑いもジャック・タチの『ぼくの伯父さん』とか北野武の『菊次郎の夏』を彷彿させながら、当世風の人物描写で現代っ子の感じを上手く描いている映画だと思いましたね。
お話自体はタイトルの化け猫要素さえ除けばまぁまぁありそうな感じで、主人公はかりんちゃんという11歳の女の子なのだが母親とは死別して借金まみれのいい加減な父親、哲也と共に暮らしていたのだが借金取りから逃れるために父親の田舎へと逃げていくというところから始まる。父親の実家は田舎のお寺さんなのだが、実は父親はかりんちゃんが生まれる前に家出というか勘当同然のような形で実家を飛び出て今回初めて帰省したのだという。そんなだから親子仲も上手くいかずに帰省早々早速父に金をせびる哲也。案の定親子喧嘩になり、哲也はかりんちゃんを実家に置いて「借金返したら迎えに来るから」と言って姿を消してしまう。そんな感じで父親の実家でひと夏を過ごすことになったかりんちゃんなのだが、そのお寺にはあんずちゃんという年齢37歳のおっさん丸出しな化け猫が住んでいて、そのあんずちゃんがかりんちゃんのお世話をすることに…というお話ですね。
すげぇ簡単に言うと、子供が親とは違う人とひと夏を過ごして一回り成長するっていう感じのお話しですね。特に母親を探すというストーリーラインもあるので『菊次郎の夏』にはよく似ている。よく分からんおっさんとのある種のバケーション映画という面はあるだろう。ちなみに『ぼくの伯父さん』はまだ血のつながった身内ではあるけど『菊次郎の夏』だと何かよく分からんおっさんだし本作『化け猫あんずちゃん』においてはよく分からんおっさんどころか人間ですらない相手がパートナーになるというのも面白い。
そこはある意味ではファンタジーな世界観でもってマイルドな描写になっているというところなのかもしれない。本作ではあんずちゃんだけでなく他にも人外の生物? が出てくるのだがそれはまぁ何というかリアルな世界に置き換えると、会社に勤務して月給をもらって生活してるようないわゆるまともな務め人というのとは違う胡乱な人物というところはあると思うんですよね。何やってるのかよく分からないような怪しいおっさんやおばさん。そういう人たちがあんずちゃんはじめカエルやお地蔵さんとか姿をもって描かれているのかなぁという気はした。いましろたかしの原作ということを加味すればそれは深読みでも何でもないと思う。しかしそういう目で見るとあんずちゃんとカエルくんが温泉で泳いでるシーンとかちょっと泣けるよな、ってなりますよ。あそこよかったなー、本作でも屈指に好きなシーンでしたよ。
あと本作を語る上では外せないこととして、この『化け猫あんずちゃん』は全編ロトスコープで制作された映画であり、監督も山下敦弘と久野遥子の連名がクレジットされている。パンフレットとか買っていないのでコンテはどっちがメインで描いたかとか、そういう細かな役割分担は知らないが、おそらく実写部分は山下敦弘が撮ってそこから久野遥子がアニメーションに仕上げたのであろう。これが実に味のあるアニメーションになっていて良かったですね。ロトスコだから当然、一部のアクションシーンなんかは除いて生っぽい動きになるわけだが映像としてはそこにアニメーションならではの表情とか主に背景に現れる淡い色彩とかがとてもいい感じになっていて中々他にはない映像世界を構築していると思いましたね。ちなみに久野遥子という監督は本作が長編デビューではあるのだが、直近の話題作としては魔女の宅急便とコラボしたマクドナルドのCMがある。あれ見りゃ実力のある人だというのは一目瞭然だが、彼女は岩井俊二初のアニメ作品である『花とアリス殺人事件』のロトスコ作画の担当もしていて、俺はその頃から彼女のアニメが好きだったので今作の出来も非常にうれしく思いましたよ。彼女を抜擢してくれた岩井俊二はいい仕事したなと思う。
あと本作の面白かったところとしては主人公であるかりんちゃんのガキとしての描写が非常に優れていたと思いますね。大人の前では猫を被っていい子ぶってるけど、気に入らないことがあるたびに露骨に舌打ちして、死ね! と吐き捨てる姿は無垢でかわいい子供ではなくて等身大のガキとしてきちんと描かれていたと思う。イラつきに任せて自転車蹴っ倒すところとか最高だね。そしてそのガキっぽさというのはかりんちゃんだけでなくあんずちゃんもそうで、まぁ人間じゃなくて猫だから仕方ないけど基本的にダメな奴なんですよ。そこら辺の等身大のダメ人間(あんずちゃんは猫だが)の描写というのがとても親近感があって良かったですね。
あとはややネタバレなのでちょっと伏せて書くが、ある人物が地獄にいるというのも良かった。これは何でだろうと思ったけど、多分前提として天国に行ける人間なんていないってことなんだろうと解釈しました。だからあれでいいと思うし、ある意味ではあそこはあの世ではなく現実から地続きの場所でもあると思うんですよね。かりんちゃんが寝泊まりするお寺の境内には台座含めて5~6メートルくらいはありそうな立派な仏像があるのだが、その仏様はたまに顔がアップになって瞳が動くことがあるのだが基本的にはそれだけで何もしてくれない。かりんちゃんには年齢の割には過酷な現実が襲い掛かってくるのだが見てるだけで何もしてくれないのである。解脱するまで何度も地獄のような現世で生き抜くしかない衆生を見守ってはくれるが手を貸してくれるわけではない、というのが実に原始仏教的な感じで良かったですよ。だからずっと地獄で生きていくけど、そこにも割と楽しいことはあるよっていう映画じゃないかなと思いましたよ。
ちなみに『ぼくの伯父さん』や『菊次郎の夏』を例に出したが後半は『千と千尋の神隠し』みたいな展開になって最後まで飽きない感じで楽しめました。後半アクションシーンは往年の劇場版『クレヨンしんちゃん』みたいでもあり楽しかったな。
『千と千尋の神隠し』もそうだけど、本作は現実と幻想、この世とあの世、都会と田舎、とかが繋がってないようで繋がってる感が物語と相まっていて凄く良かったです。これは国産アニメでは今のところ今年一番良かったかな。オススメです。
そういやダメダメな親父の名前が哲也だったのは『じゃりン子チエ』のテツのオマージュだったのだろうか…。確かにかりんちゃんはチエちゃんに負けず劣らず逞しく生きていきそうな女の子だったが。
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