本監督の前作『ノベンバー』の感想で、一見するとアート映画風ながら実際には俗っぽい恋愛話で演出の方向性が違えばB級映画的な愛され方さえする作品なのではないだろうか、と書いたのだが本作『エストニアの聖なるカンフーマスター』はそのタイトルからも分かるように方向性としてはモロにB級な映画である。これが中々にハマっているというか、前作の感想文で書いたように結構ギャグ向けの作品と相性がいいのではという俺の予想は当たっていて本作はバカバカしい変な映画でしたね。
そういう映画だったので個人的にはそこそこ楽しんで観ることはできたのだが、正直結構人は選ぶ作品だろうなとは思う。お話は1971年くらいが舞台で中国との国境警備の任についているソ連人の青年が主人公。ある日その国境警備の現場に3人のカンフーの達人が現れる。彼らはジーンズ(革パンだったかも)に革ジャンといういでたちで肩から下げたラジカセからはBlack Sabbathの「The Wizard」を流しながらカンフーを駆使して国境警備隊を壊滅寸前まで追いやるのである。彼らの目的は不明だが、そこから生還した主人公は彼らの姿に衝撃を受けて自分もあのようになろうとする。ひたすらBlack Sabbathの「The Wizard」を聞きながらカンフーの通信講座を受け続ける日々、そんな折、彼は例のカンフーを扱う僧侶たちに出会いその門下生となることにするのだが…というお話です。
どうでしょうか、意味分からないでしょう? なんでエストニアの地にカンフーを学ぶ僧侶(もちろんキリスト教系)がいるのかも分からんし、冒頭の三人が何だったのかもよく分からない(これに関してはマジでラストまで言及がなかった)し、何でBlack Sabbathの「The Wizard」なの? というのもイマイチピンとこない。実際『ノベンバー』もそうだったように、本作も負けず劣らずどこまで本気でどこからギャグなのかよく分からん作風なのであります。
でも不思議とそれらがシナプス内でピタッと結合されていく瞬間がある映画で、そこが面白かったですね。キリスト教系の宗教がカンフーを? というのは突飛なおかしみがあるものだが、宗教勢力が独自の武力を有することはむしろよくあることだし、古今東西色んな宗教が程度の差はあれ修行として自らに苦行を課すこともよくあることでそれが肉体の鍛錬であることも珍しくはない。そして主人公はソ連時代、言い換えればバリバリに冷戦時代のエストニア人であるのだが、そのような人物が革ジャンやジーンズに身を包んでBlack Sabbathの「The Wizard」を鳴り響かせるカンフー使いに憧れるのである。意味の分かんないストーリーだと言いながらも、実はものすごく明瞭な物語で、要は主人公はソ連という共産主義社会もとい、その中にある自身の殻を破って外に出たいのである。
その思いはコミカルでナンセンスな作中の描写とは相反するように、半ば強迫観念的な様相を呈しながら主人公を追い詰めていく。しかし単にBlack Sabbathを聞きながらカンフマスターになったところでそれで何になるのか、ということも同時に問うてくる作品なんですよね。タイトルに“聖なる”と冠されているように宗教的な探求の部分がそこで、要は変化を志向して新たな自分になろうとすることは結構だが、自身の全てを急にドラスティックに変えてしまうことなの不可能なのだ、自分が自分であるということ、これまでの人生とその時間の中で作り上げてきたものを一気に全部捨て去って新しい自分になんかなれないんだから、少しずつ自分のペースで新しい自分を受け入れていきなさいというそういう映画だったんじゃないかなと俺は思いましたね。
だから非常にトンチキで奇抜な設定や描写があるけれど割と地に足ついている映画です。そこは『ノベンバー』のアート映画に見せかけてバカっぽい映画という部分と共通しながらも逆の演出があって、本作はバカ映画丸出しに見えて意外とちゃんとした啓蒙的な内容の映画なんですよ。観た直後は思ったほどカンフー要素はなくてどっちかというと宗教要素、それも信仰というものに対する描写が強い映画だなと思ったけど、多分本当にそうなんだと思いますね。
ま、その結構普遍的でありふれたテーマを覆っているガワが強烈なトンチキ具合なのは間違いないので合わない人にはとことん合わないだろうなとも思いますが…。しかしそれは逆に言うと合う人にはとことん合う映画でもあろう。俺的にはそこまでは刺さらなかったが、多分信じられないぐらいのヘビーリピーターがいてもおかしくない作品だとは思う。
まぁとりあえず、誰にでもオススメできる作品ではないがBlack Sabbathの「The Wizard」を聞け! ということだけは掛け値なしに伝わってくるので、Black Sabbathが好きな人なら必見かもしれない。
いやー、それにしても『ノベンバー』に続きちょっと予想を越えてくる作品で、俺この監督好きかもしれんな。ライナル・サルネ監督は次回作も観ると思います。