よしまる

間違えられた男のよしまるのレビュー・感想・評価

間違えられた男(1956年製作の映画)
3.7
 #マンスリーヒッチコック と題して月に一度、ヒッチコック作品をレビューしているのだけれど、初めて冒頭で監督本人が登場してビックリ。モブではなく本人として、しかもMCw

 タイトルからも想像される通り、ヘンリーフォンダ演ずるごく平凡な男が「間違えられる」話。とは言えヒッチコックお得意の「巻き込まれる」話とはちょっと異なる。
 
 物語の始まりこそ「巻き込まれて」「間違えられる」けれど、そこから先は成すがまま。ヒッチコック作品の主人公としては冤罪をかけられるという美味しいシチュエーションなのに、抗って逃げることもなければ真犯人を探すわけでもなく。過去に「逃走迷路」などのパターンもあるものの、本作ではそうならない。

 それよりも自らが置かれた最悪の状況に憔悴し、最愛の奥さんが自責の念から壊れてゆくいわば心理描写に重きを置いている。フォンダの眼の演技の見事さ、顔の表情から姿勢まで変化していく様子はさすが。数多くのトップスターを起用しているヒッチコックの中でも、この作品にフォンダ(しかも本作のみ)というのは絶妙。彼の演技ありきの映画と言っても言い過ぎではないだろう。
 もちろん、ヴェラマイルズは錚々たるヒッチコックヒロインズの中でも指折りの演技で隙がない。このリアリティ追求型の作品への彼女の貢献度は素晴らしいと思う。

 後に「めまい」や「サイコ」などのヒッチコック作品でも重要な役割を果たすバーナードハーマンの煽り音楽も手堅い。これぞサスペンスという劇伴のお手本のよう。
 ぐるぐる🌀回るカメラは少しやり過ぎ感ありだけれど、この音楽によっていやがうえにも盛り上がるし、本作のハイライト、鏡パリーンのシーンは最高だ。劇場で見てたらさぞ驚いたことだろう。

 監督自身が警察や権力による得体の知れない畏怖感を常に持っていての実話の映画化ということで、ドキュメンタリー仕立てにこだわり、ファンタジー色はまったく消されている。冤罪の怖さをひしひしと感じる一方で、ヒッチコック映画の持つ娯楽性がなくなった分、やや物足りなく感じるのは仕方のないところだろうか。

 オープニングでのMC、ここに並々ならない監督の意気込みが窺えると同時に、いつもと同じような映画じゃないんだからね、ちゃんと違う目で見てよ、エンタメじゃないんだよ、というあらかじめの予防線に見えてしまわないこともない。
 
 しかしながらこれもまたあくなき探究心を持つ彼ならではの美学の賜物であり、優れた映画体験であることには疑う余地がない。やはり、名作。