けんたろう

切腹のけんたろうのレビュー・感想・評価

切腹(1962年製作の映画)
5.0
物凄いものを観ちまつた。
一寸言葉が見当たらない。危なく目舞ひがしてしまふ。凄い。凄すぎる。蓋し途んでもない大傑作。

……先づ始まりからして、凄まじい。
建前の会話の裏で繰り広げらるゝ極悪なる駆け引き。然うして、矜持面目慾望保身の果てに起きし凄惨なる結末(始まりにして既に結末)。
其んな最中に見せらるゝ、武士共のひとたび希望を見せたかと思へば、一挙に絶望へと陥るゝ陰湿極まりなき非行。切れぬ刀で腹を召させ、又た介錯も古式に則り腹を十二分に切りてからとする、武士道を笠に着た、まこと残虐なる最早や虐めの所業。腹を切りた若武者の其の苦痛は、想像を絶す。たゞ彼れらに取りては──告白しよう。此の時分では、私しに取りてもである──己れの利得の為めに武士道を利用せし卑しき者を見事懲らしむる痛快な一幕である。

処がである。
既にクライマツクス級の迫力を持ちたオヽプニングを凡ゆる意味で凌駕する、静謐で然し怒涛の展開が、其の先には待ち受けてゐた。
哀れな若武者の真実や、突如現れた仲代さんの謎。胸の詰まるやうな彼れらの拠なき運命。然うして、再び会話の裏の駆け引きでありながら、然し若武者の際とは違うて立場が完全に逆転した、酷く痛快なる復讐劇。果ては、余まりにも強靭なる殺陣と、仲代さんの台詞がとほりの、遣る瀬なく最悪で然し最高の結末!

嗚呼、矜持と愛の葛藤よ。武士の面目など所詮、所詮、──果たして仲代さんの痛切なる悔やみと恥ぢらひよ──所詮! ハハハハハハ! 井伊の赤備へが聞いて呆れる。斯くも見事に証明しちまふとは! 何んたる痛快で惨たらしき物語り!

汗、皮膚、眼光が寄りの図と、風、人、柱が引きの図とに依る、物静かで厳然たる空気。迫り来るどころの話しぢやない、最早や緊迫感を超越して眼前に現はる壮絶なる描写。其れら圧倒的なる表現を以て描かれし至極の一作にして、結局は命を惜しみ愚かなザマを露呈せしむる虚飾たつぷりの武士道を大いに嗤うた、上べだけの武士の面目を究極糾弾せし一作。最早や、最早や圧巻の一言に尽く。