ハル奮闘篇

男はつらいよ 寅次郎相合い傘のハル奮闘篇のレビュー・感想・評価

5.0
【 シリーズの魅力がすべて詰まった第15作 】

 子供の頃から、「男はつらいよ」シリーズが大好きです。
 このシリーズはかつて、年2本の新作を公開する「日本のお盆とお正月の風物詩」であり「国民的映画」でした。(第42作からは正月のみ)
 テレビでは新作の宣伝のために旧作がしょっちゅう放送されていたし、松竹では「寅さん大会」と銘打って旧作3本立て上映もしていました。バス旅行に行くと帰りのバスでは運転席後方の小型テレビできまって寅さんのビデオを流していました。

 そんな、子供の頃から当たり前のように寅さんに馴れ親しんだオッサン世代の一人として、センエツながら、あまり馴染みのない方に寅さんの魅力をお伝え出来たらと思います。
 
 「男はつらいよ」シリーズは全48作あります(ほかに第49作は特別編、第50作は2019年の「お帰り寅さん」)。
 
 さて。もし「寅さんを観たことがない」方が、お試しで1本観るとしたら、と考えてみました。
 候補のひとつは、もちろん名作の呼び声高い第1作でしょう。ただ、ビギニングであるがゆえに、シリーズのその後の各作で展開する「お決まりの形」はまだ出来上がっていないんですね。

 そこで、僕がオススメしたいのは第15作「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」です。これはシリーズの魅力がすべて詰まっている映画、と言っていいと思います。 
 以下、4つの切り口から、シリーズと第15作の魅力をお伝えします!


【 魅力その1:マドンナに対する寅さんの想い 】

 寅さんと言えば、毎回ゲストで人気女優(俳優)を迎えるマドンナ役。まさに物語の華です。
 当時の女優さんたちの中には「マドンナ役で呼ばれるのが目標でした」と語る人も少なくなかったようです。
  
 惚れっぽい寅の恋のお相手、ひとつめのパターンは、寅とはまるで住む世界が違う「上品なお嬢さんに憧れる」もの。
 
 一方で、「薄幸に見える女性の幸せを願う思いが恋心に発展する」パターンも多いんです。
 その代表格が、第15作のマドンナ、売れないレコード歌手で旅まわりをするリリー松岡(浅丘ルリ子)。マドンナとしては異色の経歴です。
 浅丘ルリ子は合計4作でリリー役を演じていて、今作はその2作目にあたります。
 寅さんファンの間では「寅さんにはリリーと所帯を持って欲しい」「本当にわかりあえるのは同じ旅稼業のリリーだけだ」という熱烈な支持を受けています(笑)。

 そもそも、リリー初登場の第11作「寅次郎忘れな草」での出会いがそう。北海道・網走に向かう夜汽車にひとりポツンと座って涙をこぼしている、そんなリリーの姿を見かけたことでした。
 この恋は「好きになった女性の幸せを願う」という寅の人情の厚さ、優しさに根差しているんですね。
 
 ただし、このリリーに関しては、家庭の愛に恵まれなかった女性だけれど、めっぽう気が強い面も。
 寅とはいいムードになったり、かと思えば、腹の中のことをハッキリ言う二人だけに、正面からぶつかって派手に大喧嘩をしたり。
 すごく魅力的なヒロインです。
 
 この15作では、突然の雨に、寅がリリーを心配して、柴又駅まで迎えに行くシーンがあります。
 さっき大喧嘩したばかりだから優しくするのはバツが悪いと思いつつ。
 すごく素敵なシーンです。


【 魅力その2:旅先での出会い・再会 】

 寅さんの職業はしがない旅回りの商売人。縁日での立て板に水の口上(啖呵売・たんかばい)が楽しい。
 懐はいつもさみしいけれど、やっぱり旅を続ける寅さんの生活には、僕らには到底できないとわかっているからこそ憧れます。
 シリーズでは寅さんが訪れる日本各地の風景が見られるとともに、旅先でのいろいろな人々との出会いが、なんとも豊かな気分にさせてくれます。

 この15作では、仕事に疲れ果てて家出したエリートサラリーマンの兵頭、通称「パパ」(船越英二)と意気投合して旅をともにします。
 男も女も、気さくな寅さんのことが、みんな大好きになってしまうんですね。

 函館の屋台のラーメン屋。寅さんとパパが二人で飲んでいると、偶然にもリリーと再会。

 「寅さん、あんたホントに寅さんなの!?」
 「リリー! お前リリーか! お前何やってたんだよ」
 「あれから色々あったんだぁ。 あたし、あんたに会いたくて柴又まで行ったのよ」
 (中略)
 「あんた、何やってたのさぁ?」
 「俺か。俺は……恋をしていたのよ!」

 その後、北海道を旅する3人の姿は、幸せに溢れています。


【 魅力その3:とらやでの団らんと大喧嘩 】

 寅さんの故郷は、葛飾柴又の団子屋とらや(シリーズ終盤での屋号は くるまや)。
 妹のさくら、その夫・博。一人息子の満男。
 おいちゃん、おばちゃん。裏の工場のタコ社長。帝釈天の御前様。寺男の源公などなど。
 
 旅暮らしの寅のことを心配して、噂をしているところに、フラッと帰ってくる寅。
 「寅ちゃん!あんた、寅ちゃんだろ?」(おばちゃん)
 「寅じゃねえか!」(おいちゃん)
 「お兄ちゃん! 今までどこにいたのよ。私たちがどれだけ心配したか…(涙)」(さくら)
 毎度、こんな感じで家族は再会します。

 夜、閉店後、奥にある小さな茶の間。ささやかなご馳走を用意して、再会を祝う。寅の旅の土産話に笑いあう家族たち。その団らん。
 一定の年齢以上の方には「日本庶民のささやかな幸せ」と聞けば、このとらやの茶の間を浮かべる人も多いんじゃないかと思います。

 ところが、一方で、寅は相当にわがままな男でもあるから、すぐにおいちゃんたちと大喧嘩になります!
 多くの場合、その発端は笑っちゃうくらいつまらないことなんです。
 この15作では、ファンの間で「メロン騒動」と呼ばれる爆笑ものの名シーンがあります。
 どうぞお楽しみに。


【 魅力その4:寅さんのあたたかい語り 】

 寅さんの人情味あふれる温かい「語り」も大きな魅力です。
 その場の情景がありありと浮かんでくるような語り。いい声です。こういうのを「話芸」っていうんでしょうね。
 
 例えば、リリー初登場の第11作「忘れな草」では、出会って間もない二人が、波止場で、旅暮らしの身の上を語り合い、共感しあうシーンがあります。(以下、聴き取り)
 
 「夜汽車に乗って外見てると、何にもない真っ暗な畑の中にひとつポツンと灯りがついていて、あぁ、こんなところにも人が住んでるんだなぁって思うと、なんとなく悲しくなって涙が出ちゃいそうになる時って、ないかい」
 「こんな小っちゃな灯りが遠くの方へスーッと遠ざかっていってな。あの灯りの下は茶の間かな。もう遅いから子供たちは寝ちまって、父ちゃんと母ちゃんが二人でしけた煎餅でも食いながら、紡績工場に働きに行った娘のことを心配して話しているんだ。暗い外を見ながらそんなことを考えていると、汽笛がボーッと聞こえてよ。なんだかふーっと涙が出ちまうなんてことは……わかるよ」

 このシーン、小学生の時にテレビで観てポロポロ泣きました。それが僕の、寅さんの最初の記憶です。
 当時、意味がわかっていたのか、いなかったのか。その語り口のせいなのか、日本人のDNAなのか、何か普遍的なものを含んでいるのか。ともかくなぜか泣けたのです。

 この15作でも、語りの素晴らしいシーンがあります。
 場末のクラブで酔っ払い相手に歌うリリーを不憫に思う寅が、家族に「いっぺんでいいから、あいつに満員の客の前で歌わせてやりてぇ」と、その思いを語ります。胸を打たれる名シーンです。
 こちらも、どうぞお楽しみに。


 以上です。
 いつも以上に長いレビューにお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
 「男はつらいよ」シリーズ、どの映画でもかまいません。
 ぜひ一作ご覧になってください。