ハル奮闘篇

メグレと若い女の死のハル奮闘篇のレビュー・感想・評価

メグレと若い女の死(2022年製作の映画)
4.3
【 パトリス・ルコント監督75歳の最新作 初老の警視が、社会の片隅で死んでいった若者の人生に迫る 】
「フランス映画祭2022」で鑑賞しました。

【 物語 】
 1953年のパリ。ある夜、若い女性の刺殺体が発見される。5か所もの刺し傷には怨恨が感じられた。被害者には身元を特定できる所持品がなく、どこの誰かすらわからない。メグレ警視は「身に着けたほかの物とは不釣り合いな高価なイブニングドレス」を唯一の手掛かりに、被害者の特定と、彼女の短い人生に迫っていく。
 
【 ここが良かった 】
 メグレ警視を演じたジェラール・ドパルデューがいい。若い頃の脂っこさが抜けて、いい感じの枯れ具合。この映画の良さは、ドパルデューに依るところが大きい。
 
 その警視が、名前すらわからなかった被害者の若い女性の身元、彼女の歩んだ人生、想い、そして何故殺されなければならなかったのか、を執念深く追っていく。
 身体にもガタがきているし、社会的にも既にじゅうぶん認められている警視が、それでも、仕事としてではなく、年齢を重ねて生きてきた一人の人間として、前途ある若者の悲劇に胸を痛める。社会の片隅で、誰かに惜しまれることもなく死んでいった彼女を憐み、愛おしむ。彼女の短い人生に想いを馳せる。静かな語り口だけれど、想いの強さが伝わってきた。

 パトリス・ルコント監督の印象としては、リアリティはない、どこか浮世離れした、軽みのある描写の中に、人物の本質的なものを、ふわりと、でもしっかり描く人、と思っていた。
 けれど、本作ではリアリティのある描写が明らかに多くなっている。「8年ぶりに撮った」というこの新作、監督が今の時代をみて「これはどうしても描かなければ」と思ったのかな、と感じた。そう考えると、メグレ警視のこの事件に向きあって一人の若者の人生を慈しむ姿は、ルコント監督が本作で今の社会に向けてメッセージを発した姿、そのものなのかもしれない。(全編を通じてシリアスではあるが、“箸やすめ”に、若い刑事とのクスッとするユーモラスなやりとりは、ルコント節健在!)

 “ふんわり”でも“リアル”でも、過去の映画と一貫して変わっていないのは、監督の、人間に向けられた優しいまなざし、なのだと思う。